補助金活用で神戸医療産業都市に研究開発拠点を開設。行動科学とAIで社会課題に挑むGodot
株式会社Godotは、行動科学とAIによる社会課題解決を目指すディープテック・スタートアップとして、2022年7月に設立されました。人間の行動原理をより深く理解し、AIと組み合わせることで、世の中の事業やサービスを「事業者中心」から「生活者中心」に変換する技術の開発に取り組んでいます。
そんなGodotは、2023年3月に「IT戦略推進事業(IT事業所開設支援)」(現 「兵庫版シビックテック推進事業(社会課題解決型IT事業所開設支援)」)の補助対象として事業計画が認定され、兵庫県内の2つ目の拠点として神戸ポートアイランドに研究開発拠点を開設しました。同社代表取締役の森山健さんに、事業概要や神戸に事業所を設立した理由について話を伺いました。
【株式会社Godot】
行動科学とAIによる社会課題解決を目指すディープテック・スタートアップとして2022年7月に設立。行動科学を通じて人間の行動原理をより深く理解し、AI技術と組み合わせることで、世の中の事業やサービスを「事業者中心」から「生活者中心」に変換する技術の開発に取り組んでいる。
<事業内容>
行動科学アルゴリズムライセンス事業および付随する業務。
所在地 兵庫県神戸市中央区浪花町56 起業プラザひょうご内
設立 2022年(令和4年) 7月1日
連絡先 contact@godot.inc
代表者 森山 健(代表取締役)
森山 健
神戸生まれ、シアトル育ち。ゴールドマン・サックス投資銀行部門に新卒入社。その後、3社の共同創業と売却、オックスフォード大学客員研究員などを経て現職。行動科学とデザイン思考で政策課題に挑む、特定非営利活動法人Policy Garageの理事も務める。
行動科学とAIを使って社会課題を解決したい
Godotは、行動科学とAIを使って社会課題を解決する会社です。人間の行動原理を深く理解しようとする学問である行動科学における最先端の知見を用いて、サービスやコミュニケーションの設計者が多様な生活者の一人一人に寄り添い、より多くの人に届くサービスやコミュニケーションをデザインできるよう支援しています。
例えば、行政が市民に対して感染症対策のワクチン接種を呼びかける場合、どのようなコミュニケーションを取るのが有効でしょうか。生活者である市民は一人一人が異なる行動特性を持っているため、「ワクチンを接種する」という行動を起こしてもらうために効果的なアプローチもそれぞれ異なります。行動科学の分野では人の行動変容を促すアプローチを93個に分類していますが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種の呼びかけではそのうちの1つか2つのアプローチしか使われていなかったことが弊社の分析で明らかになっています。
だからと言って、93個の全てのアプローチを全ての生活者に対して行うのは行政としても大きなコストがかかりますし、コミュニケーションを受け取る生活者の負担も大きくなってしまいます。93個を試せばどれかが響くだろうという力技ではなく、多様な人間を想定した上で、どのアプローチが効率的かつ効果的に響くかを予測し、生活者ごとにサービスやコミュニケーションを個別化する。世の中の事業やサービスを「事業者中心」から「生活者中心」に変換することで、誰も取りこぼさず、全ての人を包摂するサービスやコミュニケーションの設計を支援する。これがGodotが提供したいと考える価値です。
行動科学の知見をテクノロジーに落とし込む
生活者がそれぞれ異なる行動特性を持っているのと同様に、サービスの提供者は何かしらのバイアス(無意識の先入観や思い込み)を持っています。ワクチン接種の呼びかけにおいて行政組織がごく限られたアプローチしか用いなかったのは、費用対効果の問題以上に、行政組織が持っていたバイアスの問題があると我々は考えています。
この問題を解決するために、我々は「行動科学レンズ®︎」という技術を開発しました。サービス提供者からユーザーに送っているハガキやチャットの内容を行動科学レンズに入力すると、行動変容を促す93個のアプローチのうち、どのアプローチを使ってユーザーの行動変容を促そうとしているか可視化することができます。
ユーザーが行動を起こさない理由は、面倒くさい、次のステップが分からない、など様々です。そして、サービス提供者がユーザーに送っているメッセージの内容が、ユーザーが行動を起こさない理由とそもそも噛み合っていないケースが多くあります。行動科学レンズを通じて、ユーザーとサービス提供者の間にあるギャップを定量化して埋めるサービスを提供したいと考えています。
また今後、生活者向けのサービスとして、アプリやウェブサイト上の広告が、どのようなアプローチを用いてその人に行動を促そうとしているか可視化するプロダクトの提供も考えています。行動科学の知見を悪用しようとする人はどうしても出てきます。法制度による規制は進んでいくと思いますが、生活者が彼らの悪意に気づけるようになれば、生活者を守ることに繋がります。
補助金を活用して神戸医療産業都市に研究開発拠点を開設
補助金を活用して開設したポートアイランドの事業所はGodotの研究開発拠点という位置づけで、外部からの刺激を完全に遮断した状態で人の脳波を測定できる空間を設営する予定です。ユーザーがサービスのことを知り、関心を持ち、利用することを決め、実際に利用するまでの行動や感情の推移を示すカスタマージャーニーという概念がありますが、Godotでは、カスタマージャーニーの各ステップでユーザーの意識にどの程度の負荷がかかっているかを示す「意識負荷ジャーニー®︎」という概念を定義しています。ユーザーにかかる意識負荷を定量的に計測するために脳波の測定が必須であると考え、設備の導入を決めました。
利用する際の意識負荷が高いサービスは、仮にその内容が良いものであったとしても、ユーザーにとって優しいものではありません。例えば、国や自治体は様々な社会保障の制度を提供していますが、説明が難解であるなど利用するまでの意識負荷が高すぎることで、サポートを必要とする人の多くにサービスが届けられない状況が発生しています。 この問題を解決するためには、ユーザーが使える意識の総量、いわばユーザーが使える意識の予算を考え、それに合わせて意識負荷ジャーニーとカスタマージャーニーを設計することが重要です。これらを定量的かつ学術的に行っていくために、脳波測定の環境を整えたポートアイランドの研究開発拠点は重要な役割を果たすと考えています。
生活者として神戸は住みやすい街だと感じている
現在は神戸に本社を含めて事業所が2つ、加えて東京とオーストリアのウィーンに事業所があります。我々が物理的なオフィスを必要とした理由の1つは情報セキュリティの問題です。個人情報を扱う案件もあるため、セキュリティのしっかりしたオフィスが必要でした。
神戸で会社を始めたきっかけは、神戸が暮らしやすくて子育てに向いていると感じたからです。私も含めてスタートアップに関わる人間も生活者の1人ですから、生活者として暮らしやすい環境を整えることで、IT人材やスタートアップに関わる人材も自然と集まってくるのではないでしょうか。加えて、Godotが取り組んでいる行動科学は生活者の理解が不可欠な分野なので、その観点でも小さ過ぎず大き過ぎない適度な規模を持つ神戸という場所に拠点を構えるのは合理的であると考えました。
神戸では、元町にある本社に加えて、補助金を活用することでポートアイランドに研究開発拠点を構えることができました。今後は医療の領域にも取り組んでいきたいので、神戸医療産業都市の中心であるポートアイランドに拠点がある意味は大きいです。また、神戸空港に近いことも大きな利点です。その一方で、大阪・京都からの来客の利便性を考えて、電車での移動が便利な元町にもオフィスがある状態は理想的だと考えています。
実は補助事業に採択されてからなかなか物件が決まらない状態が続いていました。そこで、補助事業の担当者に良い物件はないかと相談をしたところ、ポートアイランドの今の物件を見つけてきてくれました。兵庫県と神戸市はお互い連携が取れていると感じており、両自治体のサポート体制には大変満足しています。
表面的な行動変容ではなく、人の行動原理を理解して世の中を良くする
行動科学が貢献できる分野は、人の行動変容だけではないと我々は考えています。人の行動変容に留まらず、人の行動原理を深く理解することで、広く社会課題の解決に繋げていくことがGodotが目指すゴールです。ワクチン接種のように人に行動を起こさせるだけではなく、人が不正を働かないようにするにはどうしたらいいのか、組織に対するエンゲージメントを高めるにはどうしたらいいのか、市民に愛されるまちづくりを実現する公共政策はどう設計したらいいのか、といった施策に対しても貢献していきたいと考えています。
行動科学で解決できる課題が日本にはたくさんあります。行動科学の知見とAIを活用して、より良い社会を作っていきたいです。
文/山田光利 写真/林 杏衣子