HRテック(*)で企業・地域の個性=“おダシ”を引き出す。 働く幸せを感じるかっこいい大人を、豊岡市から増やしたい!
*HRテック:主にITのテクノロジーを活用して、採用管理や労務管理などの人事業務全般の効率化や業務改善を図ること
「企業や地域にも、おダシが必要。」インビジョン株式会社の公式ホームページを開くと、目に飛び込んでくるフレーズだ。固定観念という「アク」を取れば、誰だって人間臭い魅力的な「おダシ」を出せるという志のもと、独自のユニークなノウハウで、人材採用支援やブランディング、地方創生に取り組んでいる。2021年10月、兵庫県の「IT戦略推進事業」の事業者として、豊岡市に事業所を開設。豊岡市の地域課題である若者回復率(*)向上を目指した取組と、今後の豊岡市での活動について、代表取締役CEOの吉田誠吾さんに話をうかがった。
*若者回復率:進学などをきっかけに10代で市外に転出した人数に対し、就職などをきっかけに20代で市内に転入した人数の比率を示す数字
【吉田誠吾】
東京都出身。大学卒業後、求人広告代理店に入社。2008年、インビジョン株式会社を設立し、求人広告代理業をスタート。2018年に地方創生メディアを事業譲渡されたことをきっかけに、地方創生事業に進出。また、クラウド型採用管理システム「HRハッカー」をローンチし、HRテックカンパニーとしての事業を確立。企業・地域が持つ本質や個性を「おダシ」と呼び、自社を「企業や地域のおダシ屋」と名乗りながら、採用支援と地方創生に取り組んでいる。
インビジョン株式会社/Invision Inc.
URL https://www.invision-inc.jp/
事業内容:HRテック、採用マーケティング、ブランディング、コンサルティング、地方創生
所在地:東京本社/〒153-0051 東京都目黒区上目黒1-3-7 VORT代官山3F
福岡事業所/〒810-0021 福岡市中央区今泉1丁目9-14 西日本新聞天神南ビル
兵庫事業所/〒668-0033 兵庫県豊岡市中央町18−1(兵庫県景観形成重要文化財「とど兵」内)
連絡先:東京本社03-5794-5433
代表者 代表取締役 CEO 吉田 誠吾
求人広告代理店からHRテックカンパニーへ
「仕事って、面白いぞ。」
幼い頃から、この父の言葉と共に育ちました。北海道から上京した父は、自分でエンタテインメントの会社を興し、今年47期目を迎えています。「会社は継がせない。自分でやれ。」と言われてきたこともあり、私も「30歳で起業し、自分の会社を作ろう」と思っていたんです。
「人・もの・金」という経営資源の中で、獲得することも扱うことも、最も難易度が高いと思われる「人」に関わる職種をと考え、大学卒業後は求人広告代理店へ入社しました。求人広告媒体への出稿をクライアントに提案し、契約をいただく仕事でしたが、入社半年で年間目標を達成。3年目で異動した新設の事業所でも結果を残し、2008年7月に独立。インビジョン株式会社を起業しました。
起業後、それまでの代理店機能だけでは、淘汰されていくと感じていた中で、求人特化型の検索エンジンが台頭。広告の出稿という、従来の求人メディアの終焉を直感しました。検索エンジンでは、職種、会社名、勤務地などを指定するだけで、様々なサイトから集約された求人情報を、一括して検索することができます。そこに掲載される対策をした採用ページを作りさえすれば、自社のホームページの求人情報が取り上げられ、効果的な採用活動が行えるのです。
こうした時代の流れを見据えながら、自社コンテンツやプロダクツを開発し、求人広告代理店から採用マーケティング会社へ、さらにHRテックカンパニーへと自社を脱皮させていきました。その自社プロダクツが、2018年にローンチした「HRハッカー」。求人検索エンジンやSNS、採用広報メディアなどの自動連携先に求人情報が拡散される、クラウド型採用管理システムです。広告費用をかけなくても、またテクノロジーの知識が無くても、自社の求人情報の拡散と採用業務の効率化がかないます。
また、採用広報支援のパートナーとして、地方新聞社49社のうち7社と業務提携を結び、採用広報メディア「ダシマス」をローンチ。企業に向けては、オンライン学習プログラム「ダシトレ」によるブランディングサポートなどを通じ、人事・採用支援も行っています。
しかし、それらは課題解決のためのツールに過ぎません。弊社のビジョンは「働く幸せを感じる、かっこいい大人を増やす」こと。私が九死に一生を得た出来事をきっかけに、生まれたものです。
自分らしく、ご機嫌に働く大人ってかっこいい!
2011年4月、大病を患った私は、一命を取り留める体験をしました。入院中の1カ月間、社会人になって初めて内省する時間を得たことで、HR事業だけでなく、組織開発や人材育成にも本気で取り組もうと思ったのです。
企業が採用活動を強化するには、未来の大人の人間教育が重要になります。人間にとっての大局は、幸せな人生を送ること。しかし、日本の子どもたちの幸福度は低く、自分が価値のある人間だと思えない子どもも多いのです。その要因の一つとして、私がたどりついたのは、本質を見失い、意味も考えず、「みんなと同じように、ちゃんとしなさい」という教育でした。
仕事のパフォーマンスへの影響度は、自分らしい価値観や自分で考えて問題を解決する力といった、ソフトスキルが高い割合を占めます。企業が求めるのも、個性や考える力、能動的学習です。それにもかかわらず、学校で行われているのは暗記学習と「ちゃんとしなさい教育」。もっと個性を伸ばしたり、得意技を作ったりといった教育にシフトすれば、子どもたちの自己肯定感も育まれ、幸せを感じることができるのにと、ずっと思っていました。
私たちにとって真の顧客は、働く大人をそばで見ている子どもたちです。自分を知り、人生の時間の使い方を理解し、適切な環境の中でいい人間関係をつくってほしい。そのために、まず取り組むべきは、自分らしさが明確で、ご機嫌に働いているカッコいい大人を増やすこと。「仕事って、人生って面白い。」と思う気持ちを、子どもたちに“感染”させることで、「働く幸せを感じる、かっこいい大人」が増えていくはずです。
そんな改革は、地域を単位にした方が早く実現すると思い、自治体や民間企業の小さなコミュニティで、高校生たちに考える力を育成していこうと決めました。その自治体の一つが、豊岡市です。
豊岡を変えたい大人と、未来を背負う高校生をつなごう
きっかけは、2019年8月に、豊岡市で開かれた働き方セミナー「好きな街と好きな仕事で生きる時代」に、知人から講演を依頼され、登壇したことでした。
その講演会で、ある男子高校生と出会いました。セミナー後、「大半の会社員はゴールも設定せず、ただ働いているだけのような気がする。自分は、やりたいことやゴールを明確にした上で仕事がしたい。」というメッセージと共に、「インビジョン株式会社で働きたい。」とオファーをくれ、弊社初の高校生インターンになりました。
一方、このセミナーを通じて、豊岡市の改革を目指す人たちとのつながりも生まれました。高校生インターンをはじめ、地元の金融機関や市役所の職員の方々、まちを盛り上げようとする移住者の方々と出会えたことで、この人たちとなら改革ができると確信。するとさっそく一か月後、セミナーで出会った金融機関の担当者が、東京の弊社へ講演の依頼に来られ、同年12月に豊岡市内の民間企業に向けたDX(*)セミナーを共同開催しました。
その際、勧めてくださったのが、兵庫県の「IT戦略推進事業補助制度」でした。補助制度の申請のためには、豊岡市に事業所を作る必要があると言われ、「縁側付きの、いい物件があれば考えます。」と冗談で返したところ、本当に探してくださいました。そのおかげで、地域の文化交流拠点として活用されているユニークな空間で、景観形成重要建造物にも指定されている「とゞ兵」内に、2021年10月、豊岡事業所を構えることができたのです。
また、神戸市で行われた審査会に臨んだ際には、豊岡市役所の担当者が、たった10分のプレゼンテーションを応援するために、2時間半もの時間をかけて車で駆けつけてくださいました。豊岡市との連携は、地域課題に真剣に向き合っている人たちと、出会えたおかげで実現できたと思っています。
こうして、豊岡市で展開することになった事業が、IT起業家・人材育成プログラム「放課後起業クラブ」。「まちを出た若者が戻らない」という豊岡市の地域課題に対し、但馬エリアに暮らす将来有望な若手人材との関係性を構築しようというものです。
一言で言えば、豊岡を変えるために動いている「大人」と、豊岡の未来を背負う「高校生」がつながる”豊岡初”の場。クラブのOBたちとコミュニケーションを保てるコミュニティを作ることで、「豊岡に戻ってもサポートがある」「豊岡でも起業ができる」という、新しい発見につながるきっかけを作ろうという取組です。
*DX:企業がデータとデジタル技術を活用して、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。
“起業”が豊岡の地域色になる!「放課後起業クラブ」
「放課後起業クラブ」の真の目標は、「働く幸せを感じる、未来のかっこいい大人になってもらう」こと。3か月12回の講座は、地域課題を知ることから始まります。起業家マインドを醸成し、先輩起業家の成功・失敗事例に触れ、スキルやテクニックを学んで、ビジネスプランを完成させ発表します。
2022年度の1期生12名の中で、特に印象深いのは、不登校だった中学生が高校に通う意思を固めたことでした。プロジェクトをつくり上げるプロセスで、一緒に取り組んだ高校生たちから「学校って面白いよ」と言われた言葉や姿に、惹かれたことがきっかけだったのです。他にも、「農業の道に進みたい」と発表した男子高校生が自治体とつながり、豊岡市で農業の道を歩み始めています。
そんな1期生うち、具体的に起業を見据えている一人が、豊岡市の地域おこし協力隊の中田樹さんです。
中田氏:「地域おこし協力隊の任期が終了する2023年7月に、オーガニックグラノーラの製造販売を軸に、廃校の活用や自然環境問題の解決につながる事業を始めます。『放課後起業クラブ』を通じ、高校生や中学生とつながったことで、自分も前へ進もうという気持ちと、起業に対する責任感を育むことができ、成長できたと実感しています。」
2023年度も、2期生10名が挑戦中です。この事業を3期生、4期生と継続していくために、豊岡市で取り組みたいことがたくさんあります。
豊岡市をDXの先進自治体に育てたい
豊岡市近隣の高校や大学との産学連携を、もっと進めたいと思っています。「放課後起業クラブ」のような取組は、自らの意志で「受けたい」と思う生徒たちに学んでもらってこそ、成果につながるもの。私たちの想いや趣旨を、一人でも多くの生徒に伝え、必要とする人たちに届けるために、兵庫県や豊岡市の協力を得ながら、連携できる学校を増やしたいと思っています。
自治体と連携したことで、大人と子どもが関わる場や、地域で活動する人同士のつながりが、意外と少ないと感じました。だからこそ、大人と子どもがつながる「放課後起業クラブ」や、そこから生まれる起業事例が、地域や自治体の特色になると思うのです。
豊岡市の魅力の一つは、地域改革を目指す人たちの熱量の高さと、その熱量を芸術文化観光専門職大学のように、具体的な形にしていることです。新しいものにアンテナを張り、先進的な取組に挑戦し続ける自治体として、他の自治体も関心を寄せています。その豊岡市と一緒に事業に取り組んでいる企業だと注目されることは、スタートアップにとって大きな魅力です。兵庫県と豊岡市から支援を受けた実績として、他の自治体にアピールができるのは、「IT戦略推進事業補助制度」を活用する大きなメリットの一つではないでしょうか。
地方の自治体とIT事業者が連携事業に取り組む上で、一番重要なことは「ITは手法だ」と知り、どこに、どんな問題があり、どう解決したいのか、何のためにテクノロジーを導入したいのかを把握することです。そのためには、ITを熟知した人材を、自治体に配置することが必要かもしれません。今後、私たちが豊岡市に貢献できるのは、「自治体の中で、最もDX化が進んでいる豊岡市」というブランディング。本格的なDX化のサポートをすることも、今後の弊社の目標です。
ビジネスに社会的意義が生まれる「IT戦略推進事業補助制度 IT事業所開設支援」
ビジネスと社会的意義のバランスを考慮しながら、活用することをお勧めします。補助制度の申請には、社会的意義のある事業が求められるため、こうした制度を活用して、地域に役立つ取組を構築するのは意味があると思います。自社の利益の追求だけを考えている企業は、生き残っていけない時代です。事業計画を考える過程で、社会貢献につながる自社のスキルやサービスに、気付ける可能性は十二分にあります。
文/内橋 麻衣子 写真/北浦 真平