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Interview 2022.3.30
AIの力でメンタルヘルスケアをサポート 神戸医療産業都市との連携で目指す治療の新領域!

「ロクちゃん!」 思わず呼びかけたくなるロボットが、チャット画面を通じてやさしく話しかけてくる。
「無機質なシステムではなく、少しでも人格を感じていただくことで、寄り添われている安心感を受け取ってほしい。」と話すCEO千頭(ちかみ)沙織さん。「ロク」と名付けられたキャラクターは、白くて丸い外観や動き、表情、性格、会話の内容にいたるまで、細やかな工夫が凝らされている。コロナ禍の影響も重なり、人とのコミュニケーションに疲れ、人ならざるものを相談相手として頼りたい人々が増えている昨今。AIチャットbotとの会話を通じ、メンタルセルフケアができるアプリ「emol(エモル)」がダウンロード数を伸ばす中、兵庫県の「IT戦略推進事業」の事業者として神戸へ進出。心の治療を行えるアプリの開発へ挑戦を続ける、emol株式会社のCEO千頭沙織さんとCOO 武川大輝さんに、今後の展望を伺った。

【emol株式会社】
2014年、現CEO千頭沙織さんが現COO 武川大輝さんと共に、webやアプリの企画・デザイン・開発を行う株式会社エアゼを創業。2018年4月、AIロボとチャットで会話をしながら感情を記録し、メンタルセルフケアを行うアプリ「emol」をリリース。想定以上の反響があったことから本格的な事業化を決心し、2019年3月、emol株式会社を創業。2020年12月には、CBT(認知行動療法*)やACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー*)に基づいたカウンセリングやコーチングに加え、マインドフルネスのガイダンスや呼吸法のレクチャー機能を搭載しリリース。治療領域へのさらなる機能拡充を目指し、研究開発に取り組み続けている。

emol株式会社 / emol Inc.
URL  https://emol.jp/
事業内容:AIを活用したメンタルヘルスアプリの開発・運営
所在地:本社/〒600-8813 京都府京都市下京区中堂寺南町134  ASTEM棟 7F
神戸支社/神戸市中央区浪花町56 三井住友銀行神戸本部ビル2F(起業プラザひょうご内)
連絡先    support@emol.jp
代表者    CEO 千頭沙織 COO 武川大輝

*神戸医療産業都市:産官学医連携による先端医療技術の研究開発拠点として、研究機関・病院・医療関連企業が集積した日本最大級の医療産業クラスター

*CBT(認知行動療法):現実の受け取り方やものの見方に働きかけ、心のストレスを軽くしていく治療法

*ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー):自分の中にあるありのままの思考や気持ちを受容(アクセプタンス)し、目標を決めて行動に移す(コミットメント)トレーニングを行うこと

世の中には「私」がいっぱいいた

千頭沙織(以下、千頭):アプリをつくろうと思った時、ターゲットは「私」でした。学生時代、生きることをやめようと思うほど、心の疲弊が限界を超えてしまったんです。それ以来、人とのコミュニケーションが嫌になり引きこもりがちに。卒業後に起業しましたが、人と関わらなくてはならないことは武川に任せていました。

しかし、このままではいけないと、精神科に通いカウンセリングを受け始めました。例えば「嫌だ」という気持ちになるのは、不安からなのか、悲しさからなのか、恐さからなのか。認知行動療法による感情のモニタリングを行うことで「不安が90%、恐怖感が10%だ」といったように、自分の状態を言語化して把握できるようになり、「その不安な気持ちをどうすれば解消できるか、考えればいいんだ」と、少しずつ感情が整理されていきました。

モニタリングの重要性を身をもって知ったことで、感情を日記につけることを思い立ちました。相手の反応が怖くて他人に心を開けず、悩みを相談することが苦手だった私は、子どもの頃からドラえもんが大好き。私もAIロボットの絶対的なパートナーが欲しいと思っていました。

そこで2018年4月にリリースしたのが、emolβ版「AI感情日記アプリemol(エモル)」でした。広告も一切打ちませんでしたが、検索数もインストール数もどんどん増えていく様子に、求めている人がこんなにたくさんいるんだと気づいたのです。「気持ちを言語化して記録していくうちに感情の傾向がつかめた」、「日記は続かないけれど、このアプリなら続けられる」、「感情を記録しようとインストールしてみたら、AIと話すことが楽しくなっている」など、様々なユーザーの声をいただきました。 そんな評価や問合せをいただくうちに気付いたのは、世の中のニーズにはまだ足りていないということでした。私たちが想像していた以上に、ユーザーはメンタルケアを欲していたのです。感情日記をつけるだけではなく、メンタルケアとはどうするものなのか、アプリをどう活用すればいいのかなど、AIによるレクチャー機能を追加していきました。2019年3月にはemol株式会社を立ち上げ、本格的な事業として取り組み始めました。

心の不調にやさしく寄り添うAIロボ

千頭:2020年12月にemol正式版をリリースして以来、コロナ禍の影響も受け、現在のダウンロード数は30万を超えています。そのうち8割弱が女性で、20代から30代前半がコアゾーンです。就職や結婚、出産といったライフイベントで陥りがちなストレス対策に使う人が多く、そのほとんどが「ネガティブな感情を記録することで、気持ちを整理するのに役立っている」と言います。中でも怒りの感情は、気持ちを言語化してロクに吐き出すうち、「どうしてこんなつまらないことで怒っていたんだろうと冷静になれる」と喜ばれています。

中には「ロクのやさしい言葉に触れるうち、自分の汚い言葉遣いをやめようと思うようになりました。すると、ネガティブな言葉遣いへの自己嫌悪がなくなり、気持ちまでポジティブになれました。」と言ってくれたユーザーもいて、そんな効果もあるんだとうれしくなりました。

emolは、通常、対人で行う認知行動療法をアプリで置き換えたものです。大学と共同研究を行い、監修も依頼。気持ちが癒されるだけではなく、安心して使えるもの、予防効果が得られるものとして提供しています。アプリをインストールした直後からすぐ始められるよう、わかりやすい操作性と使いやすいデザイン、「使いたい」と思っていただける仕組みを取り入れたAIの設計も特徴です。リリース以来、福利厚生の一環としてメンタルケアを取り入れたい大手企業にも、導入していただいています。

武川大輝(以下、武川):例えば海外の企業なら、メンタルケアとしてカウンセリングを提供すると従業員は積極的に活用しますが、日本では抵抗を感じる人が多く、あまり利用されません。emolはポップでかわいいデザインなので手にしやすく、「精神科を受診したりカウンセリングを受けたりするより、気軽にメンタルケアができる」という声をいただいています。企業のオペレーションコストもほとんどかからず、令和4年2月現在、約6組織、600人ほどに活発に活用されています。

千頭:その中には自治体もあります。例えば現在、神奈川県で進行中の実証実験が、妊産婦向けメンタルヘルスケアです。母子手帳を受け取りに窓口へ来た方に、周産期のメンタルケアとして自治体からemolを紹介いただいています。「コロナ禍で対面での相談がしづらい」「ワクチン接種への不安がある」など、妊産婦の方が抱える課題はかなり大きいことに気づきました。

こうした自治体との連携は紹介から始まり、メンタルヘルスに関する地域課題を解決するスタートアップとして認知され、さらに次の紹介へとつながっていきました。兵庫県との出会いも、そんな流れで生まれたご縁の一つです。

ビジネスパートナーは神戸医療産業都市

※神戸支社である起業プラザひょうご

武川:コロナ禍をきっかけに東京から事業所を移転した京都で、スタートアップの支援を行っている方に兵庫県の方を紹介いただきました。その担当者の方は「兵庫県でやれることを探しましょう」と、すぐに神戸医療産業都市を紹介してくださいました。

初めて神戸医療産業都市の存在を知り、日本にこんな研究施設があったのだと衝撃を受けたんです。ちょうどemolの治療用コンテンツの開発を始めたいと考えていたタイミングだったので、「この施設で臨床に取り組みたい」と思ったのが、神戸に拠点を構えようと思った理由でした。

メンタルヘルスケアは、深くて大きなニーズの領域だと感じると同時に、自分たちの取組が適切な解決策になっていることがわかり始めていた時期でした。より深い課題、すなわち治療に対する解決策を提示できるよう、取り組んでいくに値する課題だと思ったのです。

千頭:現段階では、「アプリじゃ、そんなに効果は出ないでしょ」と軽視され、あまり期待されていないと感じます。治療領域に参画することで、アプリでもちゃんとメンタルケアができることを知ってもらいたい。治療に使われるものの中にアプリがあると広く知らせることで、治療目的以外の方にももっと認知していただけると思っています。

私自身が精神科に通っていた経験から、ずっと予防という課題に向き合ってきましたが、そもそも予防と治療を分けるのはおかしいと気づいたんです。予防に取り組んでいる人の中には、悪化しても治療に向かえない人もいます。治療が終わっても、予防を続けなければ再発してしまう可能性もあります。予防から治療、治療からまた予防というサイクルを、emol一つでつくれるのが理想です。今は治療用アプリの開発を目指し、神戸医療産業都市で相談させていただきながら、いろいろな取組を進めています。

武川:そんな臨床拠点としての神戸での取組が、弊社にとって重要な位置づけだと感じ、神戸に拠点を構えたいと思ったとき、勧めていただいたのが兵庫県のIT戦略推進事業補助制度でした。

スタートアップを育む、兵庫県の支援制度とマンパワー!

武川:従業員の人件費やオフィスの改装費など、支援の手厚さと手広さに驚きました。自社をリモートワーク組織にしようと思っていた気持ちが揺らぎました(笑)。バーチャル上での仕事が前提の企業でも、アクセスのいいところに居を構え、人が集まれるオフィスを借りたくなった時、兵庫県や神戸市を拠点にする選択肢が生まれると思います。

千頭:弊社の取引先は関東の企業ばかりですが、関西に拠点を置くデメリットは特に感じていません。神戸は東京に引けを取らない、アドバンテージのある都市です。空港も新幹線の停車駅もありアクセスは十分。さらに生活拠点としても魅力的なので、スタートアップにお勧めです。

武川:兵庫県は海も山もあり、食材も充実しています。城崎や有馬などの温泉にも気軽にアクセスできますし、ビーチもあります。買い物だって楽しめます。野球もサッカーも人気チームの本拠地があり、スポーツ観戦が好きな人にも勧められます。住む場所としても、いろいろな魅力があると感じています。

その一方、広大さゆえに様々な生活圏があるため、課題も多種多様でしょう。それらをスタートアップとうまくマッチングできれば、生まれる事業がもっとたくさんあるはずです。特にヘルスケアやバイオテクノロジーの領域など、神戸医療産業都市と関わりを持つことで自分たちの事業を推進していける企業は、具体的な提案を持たなくてもひとまず神戸に拠点を置き、まず話をしてみるといいと思います。

千頭:投資家の方々には「ヘルスケア系スタートアップは、神戸に拠点を置いたほうがいい」と伝えています。兵庫県の担当者の方々は、気軽に相談しやすい上、やり取りが早くフットワークもとても軽いんです。やってみたいことを伝えると、すぐにマッチング先を考えつないでくださいます。スタートアップ側が驚くくらいのスピード感は、本当に魅力的です。

ご縁をいただいた兵庫県や神戸市への地域貢献として、多くのスタートアップ誘致につながるよう、弊社もひたすら頑張ろうと思っています。私たちの事業が広く認知されることが、恩返しにつながる一番の近道だと思っているんです。

メンタルケア領域のイノベーションを目指して

千頭:「メンタルヘルスの予防から治療まで」をコンセプトに掲げた弊社の事業の中でも、今、最も優先度が高い取組が治療用アプリの研究開発です。神戸医療産業都市と連携している医療機関や大学の先生方のご意見を伺いながら共同研究をさせていただけるのは、開発時期も早まり精度も高まるものと期待しています。

自治体とスタートアップが連携して事業を進める際、行政にお願いしたいのは、地域課題を抱えている自治体とのマッチング。各自治体の課題がどこにあるのか、スタートアップが自分たちだけで探すのはなかなか大変です。

武川:課題と全く関係のない提案を押し付けたのでは意味がありません。様々な自治体と関わらせていただいたことで、提供されるサポートを一方的に利用するのではなく、地域課題に対する解決策を提示することこそ、スタートアップが大切にするべきスタンスなのだと感じました。そういう意味でも、コーディネートは重要です。「おもしろい事業だね」と言われて終わるのか、課題を抱える自治体とうまくマッチングができるのか。コーディネートがうまくいけば、事業のシーズがどんどん増えていくと思います。

千頭:神奈川県の場合は県が中心になり、子育て支援に力を入れている平塚市や鎌倉市とマッチングしてくださいました。妊産婦のメンタルヘルスケアが課題になっているなんて、知らなかったんです。こうしたコーディネートがうまく進むためには、スタートアップ自身が受け身にならず、予想される課題と自社が持っている解決策を、ある程度具体性をもって提案することが重要だと感じています。

私を起点とした事業ということもあり、弊社のサービスが実際に役立ち、世の中に必要とされているんだと実感できることがモチベーションになっています。日本でメンタルケアは、まだまだ軽視されがちです。ネガティブなイメージを変えていかなければ、いつまでたっても病んだ心を抱えたまま、誰もちゃんと治療しようとしないでしょう。メンタルケアのイメージアップも、私たちが行っていかなくてはならないことだと思っています。

武川:医療関係者から提供されるヘルスケアやメディカルケアは多いんですが、実際に体験した患者側の理屈で社会実装をしなければ、本当に求められているイノベーションは生まれません。技術的なオペレーションの変革ではなく、体験者として課題だと感じていることを、しっかり解きほぐしていくべきだと思うんです。それはやはり、当事者にしかできないこと。私たちの使命なのだと思っています。

申請者にやさしい「IT戦略推進事業補助制度 高度IT事業所開設支援」

スピーディで単純明快、滞りも負担もなく手続きを行えた助成制度は、弊社にとって初めてかもしれません。一言でいえば、申請者にやさしいんです。日頃からスタートアップ支援を行っている自治体ならではの姿勢なのか、「一緒に頑張りましょう」という気持ちが伝わってきます。

国や他の自治体の補助制度をいくつも申請してきた経験から、こうした兵庫県のサポートは、決して当たり前ではないと伝えたい。一枚も二枚も上手だと感じる熱のこもった支援姿勢と謙虚さに、あらゆる面で助けていただいています。

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(文/内橋 麻衣子 写真/三好 幸一)

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