「高齢者」と「廃校」から次代のIT事業が動き出す。 ウィズコロナを見据えた、新たな地域創生の形。

( Records )
2021.03.26

株式会社アイキューフォーメーションの代表取締役 岩瀨喜保さん。
2020年8月、兵庫県内の情報通信産業の振興と地域活性化に共に取り組むIT企業の進出を支援する、兵庫県の「IT戦略推進事業」と養父市の「ふるさと起業誘致支援事業」の事業者として、養父市に事業所を開設。地元の高齢者を地域資源ととらえ、高齢者がITを駆使して働く新たな仕事のカテゴリーづくりに挑み始めた。新型コロナウイルスの影響により、思うように計画を進められない中、事業所開設から1年を迎えた現在の状況をうかがった。

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未経験でも2か月で十分だった、高齢者スタッフの育成

現在、3人の方に働いていただいています。1人は、新しいスタッフの指導役として、豊岡市の知人に紹介していただいた方。2人は地元の養父市大屋町の方で、いずれも60代の方です。

2020年は、春から夏にかけて新型コロナウイルスの影響で身動きが取れず、9月にようやく採用面接が始まりました。ところが、最初に採用した方たちは、残念ながら仕事が続かなかったんです。リモートワークは、きちんと仕事に取り組もうという、モチベーションを維持することがとても大切です。職場にいるのと同じ緊張感を持って働くことが難しかったんでしょうね。その後、11月から採用活動を再開して、現在のスタッフと出会うことができました。

ここは、見守り電気事業の「見守りセンター」ですが、まだセンターとしての業務はそんなに多くありません。電気の供給ができなければ見守ることができないので、小売電気事業者としての業務を覚えていただいている段階です。例えば、電気の契約をいただくと、現在の電力会社から弊社のシステムに切り替えるための手続きや、料金の通知、口座振替の手続きなど、いろいろな業務があります。また、システムが異常を検知した際に目視で確認する方法を覚えることも必要です。それらを整えて初めて、見守り業務がスタートします。

見守りセンターとして契約者の方々に、「お元気ですか?」「変わったことはありませんか」「大丈夫ですか」という電話をかけていただくのですが、その時「電気料金はいくらですか?」「先月ちょっと料金が高かったのは寒かったからですか?」など、利用者から電気や料金のことも尋ねられます。そうした疑問や質問にもちゃんと答えられるよう、業務全般を把握していただいています。 65才の人たちに、どのくらいの期間で、どこまでの仕事を任せることができるのか、弊社にとっても初めての取組であるため手探りでしたが、12月から業務の指導が始まり、2021年2月には「任せて大丈夫だ」という確信を持てるようになりました。どれくらいの作業量を、どれくらいの時間で終えられるのかわかり始めたので、次はいよいよ電気契約者を増やすための、営業に力を入れる段階に進めます。

65才の人たちに、どのくらいの期間で、どこまでの仕事を任せることができるのか、弊社にとっても初めての取組であるため手探りでしたが、12月から業務の指導が始まり、2021年2月には「任せて大丈夫だ」という確信を持てるようになりました。どれくらいの作業量を、どれくらいの時間で終えられるのかわかり始めたので、次はいよいよ電気契約者を増やすための、営業に力を入れる段階に進めます。

株式会社アイキューフォーメーション

インターネットの力で社会貢献を目指し、1995年4月創業。2016年には登録小売電気事業者として、新電力事業に参入。独居高齢者の孤独死防止につながる「見守り電気」をはじめ、ソリューション型の商品販売を数多く手掛けている。兵庫県のIT戦略推進事業として養父市と一緒に取り組んでいるのが、この電気事業の見守りセンターの設置だ。「養父市の地域資源は高齢者だ」という発想のもと、何歳になっても自宅のパソコンを使ってリモートで働ける人材を育て、廃校を利用した見守りセンターを稼働させるために活躍してもらおうというものだ。

株式会社アイキューフォーメーション / IQ Formation
https://iqformation.com/ ●https://mydenki.com/

【事業内容】●新電力事業(登録小売電気事業者)、IoT事業
【所在地】●東京本社:東京都目黒区上目黒三丁目6-18TYビル7F
     ●養父事業所:兵庫県養父市大屋町加保7番地 おおやアート村「BIG LABO」内
【連絡先】TEL 03-5494-5422  代表取締役 岩瀨喜保

65才をリモートワークの「戦力外」とは言わせない!

実は、弊社の電気加入数の増加率は変わっていないのに、2020年に比べて今年の春は業務に余裕がありました。つまり、新しいスタッフ2人がすでに「戦力」に成長してくれている証拠です。

大屋町のスタッフは、2人とも自宅でのリモートワーク。電気契約の申込は、まず福島にいる弊社のスタッフの元へ届きます。そこからの指示に合わせ、2人が手続き業務を行っています。

2人の様子を見ていると、65才の高齢者がリモートワークの戦力外だなんて、考えるべきではないことがよくわかりました。「若い世代でなくては、リモートワークはできないだろう」という人もいますが、それは大きな間違いです。東京で「兵庫県養父市に電気の見守りセンターをつくった」と話すと、「大変でしょう」と言われますが、全くそんなことはありません。 高齢者がリモートワークに対応できるようになるためには、使いやすい形を提供することと、きちんと指導すること。この2つのポイントを押さえれば大丈夫です。電気契約の申込手続きは弊社の専用ソフトウェアを作っていますから、業務を標準化することができるため簡単なんです。郵便番号を入力すれば、住所が最後まで自動入力される仕組みと同じようなシステムですね。指導方法も仕組み化できたので、これから新しいスタッフを増やしていくことは、決して難しくないと思っています。

「年齢という境界線のない仕事です」~3人のスタッフの声

村上 昇さん

仕事を探していたんです。2020年10月末に定年を迎えた後、まだまだ体は元気だし、何かできることがないかなと思って……。
パソコンを使う仕事をしてはいましたが、ここでの仕事は内容的に全く異なるため、採用後に一から習い始めました。今も、指導していただきながら仕事をしています。地元で、しかも自宅でリモートワークができるのは、今の社会状況を考えると安心な働き方ですね。

西村順恵さん

定年後も、張りのある生活を送りたいと思っていました。事務所が近く在宅勤務でいいという働き方は、とても魅力的でした。実際に始めてみると、仕事に境界線は無いと実感しています。やろうと思えば、誰にでもできる仕事です。

IT業務と聞くと、インターネット全般を理解しなくてはいけないように思いがちですが、例えば今の仕事は、エクセルが使えるようになれば十分。データの入力作業もスピード重視ではなく、「一件一件、丁寧に確認しながら行ってください」という指示なので、ありがたいです。

失敗したりわからなかったりすると、福島をはじめ東京、豊岡からいつでもリモートで指導してくださいます。つまずいたところを克服できた時は、みんなで「やった!」って喜び合えますし、自宅で一人で仕事をしていても、チームで働いている感覚なので孤独を感じないんです。ITは決して無機質なものではないと思いました。仕事を通じて教えていただくことが増えるたび、新しいものに触れられるのが嬉しいし、楽しいですよ。

これから高齢者の人材が増えますから、こういう働き方はいいと思うんです。今はパソコンを使った仕事をしている人も多いですし、いろいろな工夫ができるのではないでしょうか。年齢と共に重いものを持てなくなったり、介護などで在宅を迫られたりする中で、副業としても新しい選択肢の一つになりますね。

廣井美由紀さん

2020年7月末に前職を退職後、新規スタッフの方々への指導を依頼され参加しました。

私も普段はリモート勤務です。業務は週2日、朝10時のオンラインミーティングに始まり、16時まで勤務しています。

この仕事に、年齢は関係ないと思います。力を発揮できる場があるのは、いいことですよね。お二人には得意なこと、苦手なことをどんどん知らせていただき、好きなことを長く楽しく続けていただきたいと思っています。仕事は、楽しまなくてはもったいないですから。

みんな最初は初心者なので、安心してくださいとお伝えしています。みんなで教え合えるので不安もありませんし、一緒にステップアップしていけたらいいと思っています。私自身は、ゆくゆくはITと農業を仕事にしたいんです。定年がありませんから、死ぬまで現役で働けたらいいなと思っています。

地域の高齢者で都市部の業務を担う、新たな地域創生の形

みなさんの仕事ぶりを見ていると、東京、福島、豊岡、養父といった物理的な距離は、業務を行う上で全く問題がないとわかりました。会社に集まらなければ仕事にならないと言っている人は、そろそろ第一線から退いたほうがいいですね(笑)。

養父市のような中山間部で高齢者の雇用を促進したいという事業を、批判する人は誰もいません。「いい取組だ」とみんなが言ってくれます。こんな風に周囲から評価される仕事って、世間にはなかなかありませんよ。地域が抱える課題を、地域の資源を活かし、誰もが応援したくなる取組で解決する。地域創生ってこういうことだと思うんです。

養父市を中心とするこの地域で、これから雇用をどんどん増やしていきたいと思っています。

そのための取組として、一つは、弊社の電気業務以外にもいろいろなところから仕事を持ってくることです。ある企業では、500人いる清掃員さんたちの勤務情報を、若いスタッフたちが都内の事務所で入力しているんです。そういう業務こそ、この養父市のセンターで請け負えばいいんです。今、具体的に計画しているところです。

もう一つは、都市部に集中している経営拠点を分散させたいと考えている企業に対し、養父市のような地方での事業所開設を働き掛けること。例えば、東京を例に挙げれば、近年、熱海で生活したいという人が増え、不動産価値が上がっています。東京からおよそ1時間、150キロくらいの地域です。新幹線の駅があり、自然が豊かで温泉もある。ここに住みたいと思う人が今までいなかったのは、仕事がなかったからです。仕事があれば、こうして人が増えます。人を増やすために、二拠点化や多拠点化を行うことが地域創生の一つの解決策になるんです。 これは、災害時に事業を継続させるためのリスクヘッジとしても、大きな可能性があると思っています。新型コロナウイルスのおかげで、今回の養父市での事業を計画した時と取り巻く環境は一変してしまいましたが、ウィズコロナにおける新たな事業形態への気づきにつながったことで、地域雇用を増やす新たなビジネスチャンスが生まれたと思っています。

IT企業を誘致するキーワード、「ウィズコロナ」

日本は災害が多い国です。BCP(*)の一つとして、自治体も含め、事業保護のために地域や地方に事業所や支店を置くことを勧めるのは、とても建設的な提案だと思っています。

具体的に新型コロナウイルスを例に挙げれば、東京で万一パンデミックが起こっても、600km離れたこの地に事業所を置いておけば、事業を継続できる可能性が極めて高いというアプローチです。

IT企業を誘致するためには、誘い文句や切り口が必要です。「IT企業を誘致したい」とだけ発信しても、誰もピンときません。ITやICTを全く使わない仕事ってありますか? 今は漁魚も農業もITを駆使する時代です。そういう意味では、みんながIT企業。どんな企業も、誘致の対象になり得るんです。

それぞれの地域にITを広めたいわけではありません。ITはあくまで道具であって、導入したり活用したりするその先で何ができるのか、どんなメリットを企業にも地域にも生み出せるのか。そこに視点を置いて誘致することが大切です。 

パンデミックが起こり業務が滞った時、「なぜ対策をしていなかったんだ」と責められる企業はたくさんあるはずです。弊社の見守りセンター事業をモデルにしていただければ、その対策は可能です。「高齢者しかいないじゃないか」と言われても、高齢者にもこれだけのことができるという事例を示すことができますし、高齢者スタッフを育成するための指導体制も整っていますので、お手伝いが十分可能です。IT企業の誘致を考える地方には、今が大チャンスだと感じています。

そういった提案に関心を示してくれる企業に、まずは弊社の取組を具体的に見ていただきたいんです。ここでこんな取組を一緒にやりましょうと働き掛けがしたい。遠方の企業に現地を視察していただくためのサポートを、県と一緒に行えたらと思っています。

IT企業の誘致を希望する自治体に求めたいのは、誘致のためのインフラ――宿泊施設や、レンタカーのような移動手段――を整えることです。また、見守り電気が東京都や横浜市の住宅セーフティネット制度(*)のモデル事業に選ばれているように、それぞれの自治体のモデル事業に認定されることも、その地で事業を浸透させるためには重要だと感じています。

IT企業を誘致するためには、ニーズを用意してマッチングをしなくてはいけません。そのためには、今の地域にないものを、あるところからトレースすることです。IT企業の誘致は、そこからスタートすべきもの。この養父市での取組は、十分それに値するものだと思っています。

*BCP(Business Continuity Plan):テロや災害、システム障害といった危機的な状況下でも、重要な業務を継続できる方策を用意し、生き延びられるようにしておくための計画

*住宅セーフティネット制度:高齢者、障害者、子育て世帯、低所得者、外国人、災害被災者などに、安心かつ良質な住まいとして登録された賃貸住宅を提供する制度

(文/内橋 麻衣子 写真/三田幸平 )