介護が必要となる高齢者を、できる限り減らしたい。最先端テクノロジーで目指す健康長寿社会。

( Records )
2022.01.20

「運動は楽しい!」
そんなメッセージをカラフルなリストバンドに込め、最先端テクノロジーによる介護予防や体力低下予防に取り組む株式会社Moff。ウェアラブルデバイスと3次元動作認識技術を用いたアプリをベースに、体を動かすゲームのような楽しさと健康科学や理学療法を取り入れた、ヘルスケアソリューションを提供している。「介護が必要となる高齢者を、できる限り減らしたい。」と語るのは、取締役CFOを経て2021年6月より代表取締役社長を務める土田泰広さん。想いに共鳴する仲間たちと共に、新型コロナウイルスによる課題解決を目指した新事業に挑み、神戸市による支援事業採択を経て神戸大学とのコラボレーション事業にこぎつけた。全国展開へと歩みを進める株式会社Moffの、今後の目標や想いをうかがった。

運動の楽しさが目に見えれば、人はもっと元気になれる

株式会社Moffは、ウェアラブル端末「モフバンド」の開発からスタートしました。
「スマートフォンの操作性や機能性を、身にまとえるくらい手軽なものにすることで、健康になれるサービスを提供できないか。」「体を動かすことが楽しくなるような製品を、世に出せないか。」

そんな想いのもと、創業者2人がセンサーを利用した新しいデジタルサービスをつくろうと考えたのがきっかけです。当時、2人がそれぞれ父親になった時期だったこともあり、子どもたちには、わんぱくなぐらい動き回って遊んでほしいと考え、体を動かすことが自然と楽しくなるものとして、ウェアラブル端末「モフバンド」の企画・開発に至りました。

例えば3歳くらいの子どもたちは、ほっておいても体を動かし回って遊びます。本来、自由に体を動かすことは楽しいはずなのに、なぜ運動不足になるのか。運動することの価値観が、ズレてしまっているのではないでしょうか。そこで私たちは、運動の楽しさを「見える化」しようと考えました。自分の動きが数値化されることで、体を動かした成果が具体的にわかれば、きっと楽しくなるはずだと思ったのです。

体を動かすことが健康につながり、その結果、「楽しい」と感じることができる。運動が持つ本来の価値観を、もう一度実感してもらうための役割をセンサーが担えれば。介護施設で介護を受けている方々が少しでも元気な状態を維持できるように、介護予防に取り組みたい方や健康的な生活を維持したい方が運動を続けられるように、サービスの提供を続けています。

さらに2020年からは、オンラインによる健康増進サービスにも取り組み始めました。きっかけは、2020年4月、神戸市医療・新産業本部によるスタートアップ支援事業「STOP COVID-19 × #Technology(*)」に応募したことでした。

*「STOP COVID-19 × #Technology」:神戸市が、新型コロナウイルス発生に伴う市民生活及び市役所内の業務における新たな課題の解決を目指し、全国のスタートアップから新型コロナウイルス対策となり得るテクノロジーや提案を募集する事業

【株式会社Moff】

「家族を活き活きと元気に」をミッションに、髙萩昭範(現取締役CSO)、米坂元宏(現取締役CTO)により2013年10月創業。運動を楽しくするIoT ヘルスケア・医療サービスを提供するため、自社開発のウェアラブル端末「Moff Band」を中心とした最先端テクノロジーを活用。モーション認識・データ解析技術を組み合わせ、介護施設でのリハビリ・個別機能訓練業務の計画書作りからトレーニング、記録・評価まで幅広い分野をカバーする介護施設向けIoTリハビリ支援サービス「モフトレ」などを展開。「カスタマーファースト」の想いのもと、テクノロジーを温みのあるユーザー体験で提供しながら、楽しく持続可能なヘルスケア・サービスづくりに取組んでいる。

株式会社Moff
URL      https://jp.moff.mobi/

事業内容:介護事業者向けのセンサー活用のリハビリ・機能訓練サービス提供
介護事業者向け計画作成等のコンサルティングサービスの提供
シニア向け在宅オンライン健康増進/認知症予防サービスの提供 等
所在地   本社:東京都港区六本木三丁目1番1号 六本木ティーキューブ14階
神戸事業所:神戸市中央区磯上通4丁目1-14 三宮スカイビル6F
連絡先:WEB  https://jp.moff.mobi/contact/
TEL 050-5306-0210 代表者   代表取締役社長 土田泰広

神戸市との出会いは、スタートアップ支援事業への挑戦

その募集記事が目に留まったのは、ある日の夜、ベッドに入りスマートフォンでインターネットニュースを見ていた時でした。よく考えてみると、弊社のサービスを利用いただくのは、介護施設じゃなくてもいい。運動内容を少し変え、弊社の理学療法士がオンラインでアドバイスをすれば、自宅にいながらでもできるじゃないかと気付きました。

YouTubeなら楽しいし、素晴らしい運動であることもわかっているけれど、一人では続けられない人は多いはずです。そんな時は、人と分かち合いながら取り組むことで、続けられたりするものです。

「これから自分の体力はどう低下していくのか」「認知症になってしまわないか」といった不安を抱えている60・70・80代の方へ、体力低下や認知症を防ぐための運動を、会話によるつながりで提供できないか。データで成果を実感していただくだけでなく、たとえ遠隔であっても誰かと一緒に取り組み、「良くやった!」と褒め合える。人と人が通じ合えている実感を、弊社のサービスで手にしていただければいいなと思ったのです。

「高齢者フレイル(*)対策に向けた『都市型デジタル版通いの場』」という事業テーマができた時、「これはいいぞ!」と思い、そのままの勢いで提案書に取り組んで、書きあげたのは夜中3時でした。

印象深かったのは「神戸市は本気だ」と感じたことです。「レスポンスは2日以内に必ず出す」という趣旨の記載から、意気込みを受け取りました。5月には183件の応募の中から採択され、実証事業がスタートしました。

実証実験では、2日間の募集で約70名もの方が参加者に応募してくださいました。始まってみると、皆さんが運動や会話を自宅で楽しまれ、温かなつながりに満足していただいたようです。運動自体は週に2~3回、それぞれ1時間弱程度でしたが、当時、監修をお願いしていた東京大学の先生が、「こんなに運動能力・身体機能が上がるのか」と驚かれたほどでした。オンラインでも運動を楽しむことができること、実際に体力が上がっていくことを、参加していただいた皆さんが実証してくださいました。

もう一つ喜んでいただいたのは、困った時に発するSOSに、すぐ答えが返ってくる安心感でした。
「メールで質問しても、電話で尋ねても、Zoomで訊いても答えてもらえるので、安心して参加できた。」という声があるように、オンラインをヒューマンタッチのシステムとして活用できる関係性ができあがったことが、成果につながった大きな要因ではないかと思います。

さらに、この実証事業に取り組んだおかげで、神戸大学との事業提携につながっていきました。

*フレイル:加齢により心身が老い衰え、社会とのつながりが希薄になった状態

神戸大学をパートナーに育む、官産学連携事業

ある時、神戸大学認知症予防推進センター(以下、神戸大学)が、「コグニケア®(*)サービスをオンラインで提供開始」というニュースを目にしました。認知症予防の研究で先生方が培われたメソッドと、身体センサーやデジタルによるデータ測定という弊社の技術を組み合わせ、産学連携による事業化ができないかと思った私は、神戸大学にコンタクトを取りました。

「認知症だけではなく、体力が落ちることによっても介護が必要な状態になってしまう。認知症も体力低下も含めた総合的な予防サービスを提供したい。」

そんな想いから、神戸大学ではセンサーを使った体力測定の実施を目指していましたが、短期間での開発ができないという課題を抱えていらっしゃいました。

弊社の介護施設での実績も後押しとなって話が進み、神戸大学のコンテンツに弊社の機能を加えた、認知症予防・健康増進プログラム「eコグニケアpowered by Moff」が誕生。2021年10月より提供が始まっています。

そんな折、神戸市からIT事業者支援制度の活用を勧めていただきました。本社がある東京ではなく、実証事業から継続中のユーザーや、弊社とのつながりが生まれた地元企業もいる神戸市や兵庫県を拠点にスタートし、全国に広げていこう。

そう決心し、2021年2月、制度を活用して神戸市内にオフィスを構えたのです。神戸市に拠点を置いてみると、地元の方々が温かく受け入れてくださっていると感じます。「覚悟を持って本気でやろうとしているな」と、期待していただいているのかもしれません。

実証事業もIT事業者支援制度も、神戸市や兵庫県が弊社の企画を認め、「やってみたらどうだ」と後押しをしていただいたのだと受け止めています。弊社に関心を持っていただくきっかけになり、その先には、神戸大学との掛け算のような偶然の出会いも生まれました。今また新たに、兵庫県の健康局認知症対策室と神戸大学、弊社の官産学連携事業に発展しようとしています。

さらに制度を利用してよかったと思うことは、地元企業とつながるきっかけになったことです。

*コグニケア®: 認知症や生活習慣病の予防に良いとされる研究成果をもとに、神戸大学の研究者が開発したヘルスケア・サービス

地元企業から県外の自治体まで、広がり深まるコラボレーション

神戸市の健康局健康企画課が主催する、地元企業や医師、薬剤師の方々の交流組織に加えていただきました。コラボレーションによって新たな事業を立ち上げようという集まりですが、様々な企業とつながるきっかけをいただきました。

その一つが、株式会社トータルブレインケア(https://tbcare.jp/)です。トータルブレインケアの事業は、脳の機能チェックやトレーニングを通じて健康になろうというもので、運動を扱う弊社との相性は抜群。

そこでまず一緒に取り組んだのが、大阪府堺市の「先導的ヘルスケアサービス実証支援事業(*)」。2社で提案した「フレイル・認知症・生活習慣病予防サービスの実証事業」が認定され、取り組みが始まっています。

一方、以前から弊社のサービスを活用いただいている淡路市では、神戸市や神戸大学との提携が刺激になり、「淡路市も県の補助金を活用しよう!」と、地域課題解決に向けての新たな取組が一層加速しています。

その他、東京、千葉、栃木、神奈川、大阪、福岡など、県外の自治体からも声がかかっていますが、そんな時にも、神戸大学と提携していることを実績の一つと認めていただいたり、「あぁ、神戸市と提携しているんですね」と一目置かれることも多く、「ITの先駆け都市」という神戸市のまちが持つブランド力に、引き上げていただいていることを実感しています。

*先導的ヘルスケアサービス実証支援事業:大阪府堺市の健康寿命延伸産業創出コンソーシアム(SCBH)による補助事業で、高齢化が進む泉北ニュータウン地域等で実施する民間事業者等による先導的なヘルスケアサービスの実証プロジェクトを支援

一人ひとりに届くヘルスケアソリューションを目指して

最近、神戸市や兵庫県というIT戦略に特化した地域との縁をいただいた良さを、じわじわと実感しているところです。いろいろな支援の仕組みや制度が用意されていることに加え、弊社のようなベンチャー企業の体質を深く理解くださっています。

また、社会課題の解決のためには、前例のない取組でも積極的に取り入れようという先進性も感じます。私たちと「一緒にやりたい」と希望されることも、「やれる」と取り組める内容も、「やろう」と実践されるスピードに至るまで、話をしていて全く違和感がないのです。

そんな神戸市や兵庫県だからこそ、今後さらに期待したいのは、それぞれのベンチャー企業のサービスを、より広く深く市民や県民の方々に知っていただくための積極的な広報支援です。

ベンチャー企業が提供しようとする商品やサービスは、時代のニーズを捉えたもの。世の中に役立たせるためには、商品やサービスを回すための資金が必要です。立ち上がったばかりのベンチャー企業が自力で経済を循環させるまで、最初の支援をしていただくことが、本当の意味での事業育成になるのではないかと思います。

弊社では今の事業を、よりたくさんの人に届けることが目標です。そのため、病院や介護施設との提携に取り組もうとしています。患者や利用者一人ひとりが、病院や施設ではない場所で医師たちとつながり、健康を維持できるようにしたいのです。

例えば、健康診断を受けた人や生活習慣病などで通院している人が、弊社のサービスに自宅で取り組み、次の受診時には蓄積したデータに基づいたアドバイスを、医師から受けられるようなシステムです。インターネットがあれば、外出がままならない方でもオンライン診療で医師と会話ができますし、ひいては認知症の予防にもつながります。

その背景にあるのは、300カ所を超える介護施設を回ったことで実感した「介護が必要になる人を、できる限り減らしたい。」という想いです。弊社がどう役に立てるのかを日々考え、皆さんに本当に必要とされるサービスを届けていきたいと思っています。

「活用しない」という選択はない!「IT戦略推進事業補助制度 高度IT事業所開設支援」

出張先のまちという程度しか縁のなかった神戸市に、新事業の拠点を構えることができたのは、この補助制度のおかげです。エントリーシートのシンプルさに、時間も人員も少ないベンチャー企業やスタートアップへの、理解の深さと配慮が伝わってきました。

オンラインによるテレワークが一般化してきている今、兵庫県外のIT人材の採用に補助制度の利用対象を拡大できれば、より現実的な制度になるのではと期待しています。

こうした自治体の情報は、自らつかみに行く姿勢が大切だと感じます。私も常にアンテナを張り、インターネットニュースで最新情報を探しますが、自治体や企業が「始めている」という話題は、特にこまめにチェックされることをおすすめします。

(文/内橋 麻衣子 写真/株式会社Moff 提供 )