世界中の人々に、最高の医療を Anywhere, we care. 遠隔医療・遠隔ICUサポートで、現場の医療従事者を支えたい

( Records )
2022.12.16

生命の危機にある重症患者を、24時間の濃密な観察のもと、先進医療技術を駆使して集中的に治療する「集中治療(以下ICU)」(*)。そんな医療現場を専門フィールドとする医師や看護師がいる。重症患者に特化して全人的治療を施す「集中治療専門医」と、生命の危機状態にある患者の看護や早期リハビリテーションなどをスペシャリティとする「集中ケア認定看護師・クリティカルケア認定看護師」だ。国内の医師約33万9,000人のうち、集中治療専門医は2,326人、わずか0.7%(*2)。集中ケア認定看護師などのクリティカルケア領域の認定看護師に至っては、看護師約128万人のうち0.1%、たった1,436人しか存在しない(*3)。地域によって偏在している専門医や認定・専門看護師たちの力を有効活用することで、全国どこでも質の高い医療を受けられる環境整備と、医療従事者たちの負担軽減をかなえよう――。そんな想いから立ち上がったのが、ベッドサイドにいる医師や看護師に対して「遠隔相談サービス・遠隔モニタリングシステム」を提供している株式会社T-ICU(以下、T-ICU)だ。「より多くの重症患者の命を救いたい」と語る代表取締役CEO中西智之医師と、同社メディカルサポート部、部長で集中ケア認定看護師の森口真吾さんに、それぞれの想いと遠隔ICUの今後について話をうかがった。

* 日本集中治療医学会より引用
*2 日本集中治療医学会発表 2022年4月1日現在
*3 日本看護協会発表 2021年12月1日現在

株式会社T-ICU  T-ICU Co., Ltd.
「世界中の人々に、最高の医療を Anywhere, we care.」をミッションに掲げ、2016年10月創業。救急・集中治療に携わった経験から、集中治療専門医の不足、都市部と地方の医療格差、医療スタッフの負担増加という課題を実感。患者の治療に携わるベッドサイドの医療従事者へ、専門の医療従事者を擁する企業として、国内初となるオンラインによるサポートをスタート。専門医や認定・専門看護師による救急・集中治療に特化した事業が注目を集め、自治体や国内の医療機関はもとより、独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)からの海外事業受託など、ますます活躍の場を広げている。
遠隔ICUだけでなく医療・介護分野へのサービス提供や、さらに新領域への展開により、専門知識と経験で医療現場を支え、患者・医療従事者・関わる人々の願いをかなえる環境を目指すという想いを込め、2023年2月に「株式会社Vitaars (ヴィターズ)」への社名変更を予定している。

【事業内容】遠隔での集中治療・救急医療に関連するサービスおよびシステムの提供
集中治療・救急医療に関するスタッフトレーニング(教育)
病院におけるコンサルテーション(医療安全等)
【所在地】兵庫県神戸市中央区八幡通3丁目2-5 IN東洋ビル605
【連絡先】contact@t-icu.co.jp 【代表者】代表取締役CEO 中西智之

【代表取締役CEO 中西智之】
医師・医学博士/創業後、数々のビジネスコンテストで受賞を重ね事業をブラッシュアップ。自らも現場を知り尽くした集中治療専門医、救急科専門医として、遠隔ICUの普及に取り組んでいる。
【メディカルサポート部 部長 森口真吾】
集中ケア認定看護師/「ICUに入室するような重篤な患者を社会復帰へ導くためには、看護師が担う役割は非常に大きい」と、遠隔ICUだけでなく、看護師の教育活動や特定看護師の育成に取り組む。新型コロナウイルス流行下でのJICAプロジェクトの専門家としても活動中。

地域医療の現場で感じた、救急・集中治療の課題

中西智之(以下、中西):医者になって10年目を迎える頃、地域医療に関わりたいと、当時勤務していた救急救命センターから、少し規模の小さい救急病院に移りました。人も設備も十分とは言えない中で、救急患者が搬送されてくると担当医師は一人。検査をして原因を見つけ、治療にかかりますが、なかなか診断がつかないこともあるんです。そんな時は、以前の勤務先の専門医に電話で相談をしていましたが、困った時に24時間相談できる窓口があったらいいなと思っていました。相談が可能になれば、全体的な医療レベルの向上につながったり、救急患者の受け入れを断る病院も減ったりするのではないかとも考えていたんです。

そんな時、アメリカには遠隔ICUというシステムが普及していることを知りました。

「このシステムなら、私が感じている課題を解決できるんじゃないか?」

日本ではまだ誰も取り組んでいなかったことも後押しになり、「私がやりたい!」と思ったことがT-ICUのスタートでした。

森口真吾(以下、森口):「海外で行われている遠隔ICUを、日本で展開したいドクターがいる。専門性の高い認定看護師らを探している」と、当時の勤務先の同僚医師から聞かされたドクターが中西でした。相談を受けるうち、「一緒にやろう」と声をかけてもらいました。

中西:森口に参加してもらうため、彼の「奥さん面接」を受けたんです(笑)。遠隔ICUの必要性からベンチャー企業の不安定な実情まで、全部お話しました。

森口:「やりたいことをやったら?」と応援してもらい、参加することができました(笑)。

大規模な病院では集中治療専門医が24時間待機しているため、コミュニケーションもとりやすいのですが、専門医のいない病院では患者さんがICUに運ばれてきた後、担当医となかなか相談ができません。人工呼吸器を外せる状況であっても、寝かされたままになっている場合もあります。遠隔ICUならいつでも専門の医師や看護師に相談ができ、診療や看護の質の向上にもつながります。私自身が抱えていた集中治療現場の課題の解消に関われることが、とてもうれしかったんです。

遠隔の先にあるのは、専門家の安心と信頼

尼崎オフィスには、研修のためシュミレーション・ラボ室を設置

中西:弊社の事業は、集中治療・救急医療に関連する「サービスとシステム提供」および「スタッフのトレーニング」が中心です。

「サービスとシステム提供」の一つが、遠隔相談サービス「リリーヴ」。集中治療医が遠隔から診療サポートを行うソリューションです。ビデオ会議システムを通じて画面を共有しながら、24時間365日取り組んでいます。弊社には、集中治療専門医および救急科専門医52名、集中ケア認定看護師・クリティカルケア認定看護師および急性・重症患者看護専門看護師54名が登録しており(2022年6月現在)、ICU専属のドクターがいない病院でも医療提供が可能になります。

森口:集中ケア認定看護師は、集中治療領域における専門的な教育を600時間以上積んだ看護師で、相談を受けることも一つの役割です。受けた相談内容に、どう助言すべきかなどを学んでいますので、タブレット越しの限られた情報からでも伝えたいことが何なのかを明確にするため、コンサルティ(助言や指導を受ける人)の話に耳を傾けます。経験の浅い看護師さんは、目の前の状況がなぜ起こっているのかわからないまま、相談してこられることもあります。抽象的な相談からも、看護師さんが何を伝えたいのかを把握し、次のアクションに結びつく提案をさせていただいています。

 

中西:もう一つが「遠隔モニタリングシステム『クロスバイ』」です。離れた場所からでも、患者さんや医療者に寄り添えるシステムで、高性能カメラによる細やかな病状観察と、高度通信機器によるベッドサイドとの明瞭なコミュニケーションが行えます。

森口:一方「スタッフトレーニング」では「看護師特定行為研修」に取り組み、手術室での術後管理や麻酔管理における医療行為、ICUでの人工呼吸装着患者さんへの医療行為などを担える特定看護師の育成を行っています。 ICUは高度医療機器を必要とする患者さんたちを、社会復帰させるための現場です。容態の悪化や急変につながる兆候を先回りしてキャッチアップできるようになるために、シミュレーションを中心としたトレーニングに取り組んでいただいています。

2年越しの初契約、重要だったのは顔が見える関係づくり

中西:実は、T-ICUを立ち上げてから1件目の契約をいただくまで、2年かかりました。1件目は、知人のドクターが勤務する病院です。ある患者さんが亡くなったとき、「集中治療専門医がいれば、一度は家に帰してあげられたのではないか」と後悔したそうですが、集中治療専門医は人数も少なく、簡単に雇うこともできない。遠隔ICUなら解決できるのではないかと連絡をくれ、導入してくれたんです。やっぱり、必要としてくれるところはあるんだと確信できました。

森口:何が正解かわからないまま、トライ&エラーを繰り返していましたね。「そんなことを求めているんじゃない」と、提案を受け入れていただけなかったこともありましたし、システムを導入しただけで使用されないままだったこともあります。病院側にしてみれば、何を相談すればいいのかわからなかったのでしょう。今なら、コミュニケーション不足だったのだとわかります。

中西:最も大切にしなくてはいけないものは、信頼関係だったんです。災害医療の現場では、消防、救急、ドクター、ナースを束ねる指揮命令系統が大切だと学びますが、最後は「やっぱり顔が見える関係が大事だよね」と誰もが口にします。遠隔医療でも、まさしくそうだったんです。

森口:院外組織の知らない人に、すぐ電話しようとは思わないですよね。定期的に病院に足を運び、関係性を築くことが、遠隔サポートでは最も重要なことだと気づきました。

中西:遠隔医療に転機が訪れたのは、新型コロナウイルス感染症の拡大でした。遠隔ICUの必要性が社会的にも高まり、厚生労働省も推進事業や補助金を通じて推進するきっかけになりました。そして、2020年8月に始まった神戸市との医療連携「神戸モデル〜COVID-19プロジェクト〜」へつながったのです。

国内初! 神戸市から始まった自治体×民間による遠隔ICU連携事業

神戸市三宮にあるオフィス
患者さんの様子を遠隔でモニタリングできる「クロスバイ」(写真中央左:モバイルスタンド式の高性能カメラ)。コロナ禍では院内での感染防止の観点からも、ニーズが高まった。
木を基調としたこだわりの空間

中西:「神戸モデル〜COVID-19プロジェクト〜」は、集中治療専門医が遠隔地でネットワークを通じ、ベッドサイドにいる医療従事者の診療相談を受けることで、感染症患者への適切な医療の提供と市内の医療提供体制の充実を図るものです。新型コロナウイルス感染症患者の入院を受け入れる市内の医療機関が遠隔診療を行うため、神戸市との連携のもと、弊社の「リリーヴ」を導入していただきました。自治体が民間の医療機関に対して遠隔ICUの導入を支援する、国内初の取組として始まりました。
当時、まだ新型コロナウイルス感染症患者の治療に、十分な経験を持っていない各医療機関へも、コンサルテーションを通じて適切な治療を提供できました。また、重症化の兆候を素早く察知することによって、重症患者を受け入れている病院への適切なタイミングでの転送を支援しました。医療崩壊を回避する一助になれたことを、うれしく思っています。
その神戸市と弊社との出会いは、2018年に開催されたベンチャー企業向けのイベントでした。そこで、神戸市に弊社の存在を認知され、弊社も神戸市がベンチャー企業のサポートに力を入れていることを知ったんです。その後、弊社の神戸医療産業都市への進出をきっかけに、芦屋市から神戸市に本社を移転することになった時、市から提案されたのがIT事業所開設補助事業です。2019年4月から2021年3月までの3年間、システム開発や家賃の補助などをサポートいただいたのは、非常にありがたかったです。中でも人材確保を支援いただけたことが、企業としての成長につながりました。
今後、兵庫県や神戸市には、スタートアップがさらに伸びていくためのサポートとして、さらにハブ的な役割としてのつなぎ役になっていただけることを期待しています。

遠隔サポートの普及で目指す、ワークライフバランスの実現

中西:自治体との事業連携に加え、2021年1月にはJICAより開発途上国における遠隔ICU支援事業を受託しました。「新型コロナウイルス感染症流行下における遠隔技術を活用した集中治療能力強化プロジェクト」と名付けられたこの事業は、アジア、アフリカ、大洋州、中南米など12か国14病院をサポート(2022年9月現在)。発展途上国の医師・看護師の教育研修や、集中治療の遠隔支援を行っています。

森口:「日本からのサポートのおかげで、こんなに良くなっている」という報告や、「次のプロジェクトも、ぜひ日本と取り組みたい」という喜びの声が、いろいろな国から届いています。私たちのスペシャリティが海を越えて役立っていることを実感し、国単位においても医療格差を縮める一助になりたいと強く思います。

今後は、支援の成果を可視化することが目標です。救急やICUの現場でのストレスが、遠隔支援によってどう軽減されたか、看護の質がどう上がったかを提示できれば、遠隔ICUの普及や遠隔看護の認知度向上につながると思うんです。

中西:そしてもう一つ、弊社のビジョンである「社員と医療従事者とその他の方々みんなのワークライフバランスを実現する」こと。遠隔医療で業務を効率化し、自己研鑽に励んだり家族と過ごしたりする時間を医療従事者たちにつくってあげることも当初からの目標なんです。

森口:出産などで現場を離れる看護師は少なくありません。遠隔看護なら現場復帰もしやすく、職場の選択肢も増えるはず。2024年には医療機関でも働き方改革が始まりますので、弊社の遠隔サポートが役に立つと思っています。

中西:遠隔ICUは、間違いなく社会に浸透し、根付いていくものです。「社会的意義がある事業だ」と言っていただけるのは喜びです。「一緒に取り組みたい」と、たくさんの仲間も集まってきてくれます。

「みんなが頑張っている、自分も頑張らなくては!」
そう思えるのは、特に頑張り屋の森口のおかげですね(笑)。

成長を感じる後押しになった「IT戦略推進事業 IT事業所開設支援」

事務所の移転は、会社が成長していることを感じられるのでいいですね。芦屋市から神戸市へ移ってきた時には12~13人だった社員も、移転後すぐに増えて事務所が手狭になり、さらに広いオフィスへ移転を果たしました。人もモノも資金も足りない設立直後のベンチャー企業を、資金面でサポートしていただいたおかげです。こうした支援制度は、制度が「ある」ことが大切だと思っています。ぜひ、「あり続ける」ことを願っています。

文/内橋 麻衣子 写真/林 杏衣子