女性たちがもう一度戻りたくなる豊岡市へ! 熱意と行動と連携力がかなえたITによる働き方改革。

( Records )
2020.08.17

「働ける場所を探してた!」 ようやく見つけた女性たちのニーズ

若森洋崇(以下、若森): 2016年2月、豊岡市の情報発信イベントとして毎年東京都で開催している「豊岡エキシビション」に、お越しいただいたのが始まりです。初めは「豊岡市出身の、面白いITベンチャーの社長に会って話を聞いてみよう」という気持ちでした。
でも、話を聞くだけで終わりませんでした。小田垣さんとは、根っこで通じるものがあると思ったんです。

「いつまでも東京じゃない。幸せは地方にある。豊岡を自分の居場所ととらえ、ふるさとである豊岡を良くしたい。」

そう感じて東京から豊岡へ戻ることを決断した、大学4年生の時の私の想いや感覚がピタッと一致して、直感で「つながれる!」と思いました。ただ最初は、私たちの話は全然かみ合っていなかったんですが(笑)。

小田垣:若森さんが東京に来られるたびに、2~3ヵ月に
一回は会っていましたね。
「ITってどこからどこまでの仕事なのか?」
「プログラマーとライターは何が違うのか?」っていうところからのミーティングでした(笑)。

若森:IT企業誘致の中身も、デジタルマーケティングが
何かも、全く分かっていなかったんです。

ちょうどその頃、豊岡市では若い女性が地元へ帰ってこないという地域課題が明確になりました。
高校卒業後、進学等で都市部へ出た人の若者回復率(*)は、男性52.2%に対し女性はわずか26.7%。10代で失った女性人口のうち26.7%しか20代で回復していないことがわかりました。

じゃあ何があれば若い女性が帰ってくるのか。
ふたりの間で、まずは職場じゃないかという仮説が生まれました。出産後も育児中でもできる仕事で豊岡市に無いものというとIT系だ。
ITを使って子育て中の女性も働ける職場をつくろう、子育て中の女性も輝けるまちにしようと意気投合した頃、兵庫県の「IT戦略推進事業制度」を部下が見つけてくれました。「ITカリスマとして、小田垣さんを豊岡市に引っ張りたい!」と市長に提案し、スタートが決まりました。

*若者回復率:
進学などをきっかけに10代で市外に転出した人数に対し、就職などをきっかけに20代で市内に転入した人数の比率を示す数字

小田垣:最初は「IT企業を誘致したい」と言われ続けていましたが、とにかく豊岡市に本社を置かなくては無理だと思っていました。
豊岡市で継続できる内発型の事業を模索する中、
「これはできそうですか?」と提案される事業は
続けられそうにないものばかりでしたが、
ようやく地元の女性たちが取り組める仕事として、デジタルマーケティングの拠点をつくろうという結論にこぎつけたんです。

若森:2018年9月、小田垣さんがITカリスマに認定された直後の10月に「子育て・お仕事大相談会」というイベントを豊岡市で開催しました。
ノヴィータは注目されるだろうと思っていたら案の定、参加していた子育て中の女性の半数以上、17人がノヴィータのブースを訪れました。

小田垣:働ける場所を探す女性たちが、本当に豊岡市にいらっしゃるのかという不安は、みんなの中にありました。でも、このイベントで確信に変わったんです。
場所さえあれば働きたいっていう前向きな女性たちは、やっぱりいました。
今までは働く場所がなかっただけ。女性たちが活躍できる場所を用意しさえすれば、もっともっと働けるようになり魅力的なまちになるという仮説が成立したんです。

株式会社ノヴィータ/NOVITA, Inc.
https://www.novitanet.com/

【事業内容】
●WEBコンテンツ企画制作事業
●WEB広告制作事業
●WEBマーケティング事業
●WEBシステム構築事業
●WEBコンサルテーション事業
●人材サービス事業

【所在地】
●東京本社:東京都新宿区西新宿1-1-6     
  12SHINJUKU 907
●豊岡事業所:豊岡市中央町7-2

【連絡先】TEL 03-5369-0958

代表取締役会長 小田垣栄司

稼げる女性の育成が、回復率を引き上げる!?

小田垣:現在の豊岡事業所は、豊岡市内のスタッフが7人、県内のスタッフが2人、全員フルリモートワーク勤務です。デジタルマーケティングのノウハウを用いた採用支援業務に取り組んでいます。
クライアント企業の取材から文章作成、求人票の作成代行、求職者への対応などが主な仕事です。

一年前の採用直後は、「仕事をいただけるなら、何でもやります」と言っていた人たちが、今ではオンラインでコミュニケーションを取りながらパソコンを使いこなし、「もっとこういう仕事がしたい」と主張できるまでになりました。
自分もできるという自信が生まれてきたんです。

若森:今の2倍3倍の時給を手にできるよう、さらに上のスキルへ引き上げていただきたい。それが可視化できれば「私もこういうことをやっていたから、あそこの会社に行けばそうなれるんじゃないの?」と、子育て中の女性たちも希望を持てるようになります。それがノヴィータだけじゃなく他の企業・業種へも拡がれば、人の生産性が上がり、そういう人が増えればまち全体の生産性も上がります。

現在、豊岡市が取り組んでいるジェンダーギャップの解消には、そうした女性の経済力が大切な要素になると思っています。出産や育児で仕事を辞め正社員勤務ではなくなると、経済的に立場が弱くなります。スキルを上げ、稼げる女性が増えることも、まち全体のジェンダーギャップ解消につながると思うのです。女性という人材をちゃんと育てれば、伸びていくのだと実感する企業や経営者が増えて欲しい。いくらいい仕事があっても、ジェンダーギャップが激しいまちに女性は帰ってきませんから。

小田垣:2019年5月に開かれた、豊岡市主催の「多様でリベラルなまちを創るシンポジウム」では、パネリストとして弊社の女性スタッフたちの活躍ぶりをお話ししました。

若森:経営者自身の口から語っていただきたいと思ったんです。東京じゃない、豊岡市で働いている女性たちの話だよって。
多様な視点を持つ女性の能力を使わないのは、組織として大きな損失だと気づいた市内の21事業所は 「ワークイノベーション推進協議会」を設立し、自社の取組みに加え、集まって勉強会を開いたり優良企業へ見学に出かけたりしています。このような行動の変化は、今回の誘致による一つの成果です。

地元企業を学生が知れば、戻りたくなる“ふるさと”になる

小田垣:この一年でもう一つ取り組んできたのが、地元の高校生や大学生たちのシビックプライド(*)を高めてもらうための産学連携事業です。
豊岡市から羽ばたいていった学生たちが、「やっぱりふるさとがいい」と戻ってくるためのアンカリングには、自然や風土だけでなく産業もあるんじゃないか。
そんな研究をされている福知山公立大学の杉岡秀紀准教授の話をお聞きしたことで、高校生や大学生たちに求人票を作ってもらおうという案が生まれ、彼らが地元企業を訪問取材し求人方法を提案するという授業を行いました。
その地元企業がどんな会社なのか、どんな思いで企業活動を行っているのかを自分たちで取材することで、企業の存在が強烈な記憶として残ります。

*シビックプライド:地元を離れた人たちが、将来のUターンや地元への貢献につながる愛着やふるさと意識をまちに持つこと

若森:近畿大学附属豊岡高校の高校生10人と、福知山公立大学の杉岡秀紀准教授のゼミ生8人が、課題解決型学習の一環として取組みました。
発信力不足により企業の存在が知られていない地域課題の解決に、興味のある学生が集まってきました。

小田垣:将来、就職活動をする時、ただ人事担当者の面接を受けるだけではなく、そこで働いている人を自分で探して取材することで、実際の職場の様子が聞けます。
人事担当者との面談の後、「僕が配属される職場の人とお話をさせてもらえますか、高校の時そういう授業を受けたんです」と言える高校生が増えてほしいですね。

若森:発表会の空気感はすごくよかったんです。
例えばある発表で、「この企業の最大の魅力は、社長を筆頭に従業員みなさんの笑顔です」とプレゼンテーションをした学生の言葉に、「働きやすさを追求してきたけれど、笑顔だとは気が付かなかった」と経営者の方が喜んでいらっしゃいました。

小田垣:それも学生が取材をして、自分で出した答えだったと思うんです。今回の授業が、学生が企業に関心を持つきっかけになりました。
私も実家が事業をしているからこそ、帰る場所があることを強くイメージできます。
彼らにとって一番初めに接した職業人は、その取材した企業。高校生のうちに、こんな風にして職業に触れるべきなんだと知っておくことは、将来大きなプラスになってくると思います。

まちの可能性を拡げる、それがITカリスマという仕事

若森:その他、私がお願いした案件もあります。そのひとつが、「トヨオカ カバン アルチザン(豊岡まちづくり株式会社)」の事例です。

小田垣:企業の課題をITでどう解決したらいいのかという相談を受けることが増え、豊岡に帰ってくるたび企業訪問を行っている中の一つでした。

「自分たちが持っている技術や素材を活かし、デザイナーと一緒にオリジナルバッグをつくりたい。
OEMからの脱却の糸口を手にしたい」という相談でした。そこで、「職人と一緒にバッグをつくりたいデザイナーを探そう」というコンセプトのもと、かばんのデザインコンペを行うと100点近いデザイン案が集まり、デザイナーとつながっていただくことができました。

若森:県からの紹介は、神崎郡市川町でした。

小田垣:まちの特産品プロモーションについてのご相談でした。購入につなげるためには、誰にPRすればいいのか、その方々へのアプローチにはどんな方法があるのか、ふるさと納税を活かしたプロモーションはどうすればいいのかなど、提案をお伝えしサポートさせていただきました。
自治体が取り組むプロモーションは、もっと効率よくできるものが大半なんです。

若森:自宅に引きこもってしまった男性の事例もありますね。

小田垣:市内の20代前半の男性ですが、仕事を続けていただいています。
この一年で、いちばん印象深い出来事ですね。
ハローワークからの紹介だったんですが、コミュニケーションがうまく取れない、緊張するので顔も出せないということで、本人の似顔絵を相手にしたオンラインでの面接から始まりました。
およそ1年が経過した今もしっかり働かれていて、先日昇給がかないました。
遠い都会にしか存在していないと思いがちな、こうした「困っている人」は地方都市にも存在します。
こうした事例が広まることで、困っている人たちが仕事を始めるきっかけが生まれ、仕事ができれば、自分が必要とされている自覚も自信も持てるようになります。この事業を豊岡市でやってきてよかったと思っているんです。

女性が働ける場づくりが、豊岡のまちを変えていく

若森:これから小田垣さんに進めていただきたいのは、豊岡出身の若者が学校でITを学びながらノヴィータで働いた後一人前になって豊岡に戻り、子育て中の女性や若い人たちにプログラム開発などのIT指導をする存在になってくれることです。

小田垣:そんなカリキュラムに興味を寄せる高校生と出会うため、各高校への挨拶に一緒に足を運んでくださったり、市内の事業者さんたちに弊社をご紹介いただいたり、豊岡市職員の方々には地道なサポートを継続していただいています。

若森:さらに可能なら、ノヴィータで働く豊岡の女性をもっと増やしていただきたい。
働きたいけれど、自信がなくて働いていない女性たちのチャンスを増やしてほしいです。

印象深いのは、離職後に子育てをしながら働く女性たちと豊岡市長による、2019年7月の座談会です。
そこに参加いただいたノヴィータの女性スタッフさんが、「この座談会の様子を発信したいので、記事にしてもいいですか?」と尋ねられました。
もっとこういう出来事を発信したい、こんな風に働けることをもっと知って欲しいと、自分の言葉でおっしゃったんです。場の空気をつくってくださったおかげで、他の参加者たちからも「私もそう思う」「どんどん発信して欲しい」という発言が次々に出てきました。

「私なんて働けない、戦力にならないと思っていたけれどそうじゃない」「会社に居場所も出番もある」「自分に自信がもてた」とおっしゃるような、みなさんの変化を積み重ねていくことで、女性だけじゃなく企業も経営者も、高校生もその周囲も、みんなが触発されてまちが変わっていくのだと感じたのです。
「豊岡市が目指したのはこれだよね、ここまで来たね」と、最も喜んだのは市長でした。この事業をやってよかった、小田垣さんをITカリスマとして誘致してよかったって。女性たちを育ててくださったのも、まちが変わっていくきっかけを作ってくださったのもノヴィータであり、小田垣さんです。
豊岡市にとって本当に必要な、いい事業に取り組むことができたと思っています。

あなたの自治体に人間力はあるか!?

小田垣:豊岡市のいいところは、若森さんをはじめ、事業に取り組むための根っこになる土台を共有できる人たちがいることと、経営者でなくては発想できないような事業をやってしまう行政トップがいることです。コウノトリを復活させるプロジェクトや城崎国際アートセンターへの財政投入など、すぐに目に見える経済効果は期待できなくても、コウノトリというシンボルを生むことで市民を一致団結させたり、世界中のアーティストの注目を集めてまちのブランド化を成功させていらっしゃいます。

一方、自分が経験したことのないネットワークが、ものすごい勢いで拡がっていることも感じています。
県の担当者の方と一緒なら、どの自治体にも行けます。自治体の担当者の方と一緒なら、どの企業でも受け入れていただけます。
「こことここをくっつけたら課題を解決できそうなので、あの事業所に行きたいんです」と伝えると、「そうですね」の一言で必ずみなさんが動いてくださるんです。
私にできないことをみなさんにやっていただいて、みなさんにできないことや苦手なところを私が引き受ける、パートナーのような存在です。

それは、県の担当者が上平さんだから、豊岡市の担当者が若森さんだったからという背景があるから。「人」は本当に重要です。

若森:自治体にとって、企業との連携を進めるうえで大切なことは、連携企業のウィンが何かを把握して渡し続けること。そしてもうひとつ、正しくつながり、しっかり連携することだと伝えたいですね。

小田垣:自治体と連携企業の間に、人材交流があればいいと思っています。若手の職員の方にITを駆使する現場に入ってもらって、ITベンチャー企業の仕事のやり方を身につけていただき、その方を通して自治体のみなさんがノートパソコンを使いこなして仕事ができる。
ネットワークさえあれば無敵だという状況を、市役所内にうまく広げられるといいなと思います。

連携して事業を進めていくうえでは、自治体と県の方々の熱意と行動力、そして連携力が重要であり必要だと思っています。かつて取り組んだ県外の事業は、10年かかっても前進しませんでした。
企画を立ち上げても「できませんでした」とサラッと言われたり、県との連携がうまく取れず進められなかったり……。熱意はあっても成果につなげる行動力がなければ、何もできません。

それが今回はたまたま連携力に優れた兵庫県と豊岡市だった。たまたま熱意と行動力にあふれた上平さん(*)と若森さんだった。最後は運ですね(笑)。

*兵庫県新産業課 上平健太さん:「IT戦略推進事業」担当。「地域課題解決のカギは、連携企業と行政との“ウィンウィン”な関係づくりと」語る上平さん。
神崎郡市川町の事例では、自治体へのソリューション提案が(株)ノヴィータのビジネスにつながっていることから「この流れが、県内全域にもっと広がれば」と期待を寄せている。

【課題とソリューションを明確に! 「IT戦略推進事業」「ITカリスマによる事業所開設事業制度」】

自分のソリューションが明確か。
あるいは、その地域の解決したい課題が明らかか。
どちらかがはっきりしていなければ取り組めません。
事業が進むにつれ、兵庫県からも各自治体からも期待度がどんどん高まっていくため、あいまいな課題の設定に対して、ぼんやりとしたソリューションしか用意できないようでは、事業の継続は難しいと思います。
3年という長期間の事業であるため、年度ごとの実績報告や反省を踏まえたうえで、翌年度の目標や方向性の設定が求められます。補助金ありきではなく、計画と成果ありきの事業であることをしっかりと腹に入れ、取り組んでいただきたいです。(小田垣栄司)

(文/内橋 麻衣子 写真/三好 幸一 )