出会うから始まる。つながるから生み出せる。

( Records )
2020.03.20
ネットワーキング

多可郡多可町
世界有数の先染織物「播州織」産地
〜 衰退に向かう地場産業の復活に若手後継者たちが挑む 〜

播州ネクスト

兵庫県の地域ブランドとしても知られる「播州織」は、糸を先に染めてから織り上げる「先染織物」。関連企業は1970年代の約1500社から150社へ、生産量も1987年の約3億8,800万平方メートルをピークに2018年には約2,600万平方メートルにまで減少し、衰退の危機に瀕して久しい(資料提供:公益財団法人北播磨地場産業開発機構)。

播州織の特徴は、生産体制が分業制であることだ。産地の中で糸を染め、生地を織り、織り上がった生地に加工を施し、いつくもの準備工程や製造工程を経て製品として出荷される。
さらにもう一つの特徴が、その産業構造だ。産元(さんもと)と呼ばれる複数の商社が窓口となって産地全体の生地生産を請け負い、製織をはじめ各生産現場へ仕事を振り分ける。
また近年は生産量の減少と共に、各工程に携わる職人が最盛期の10分の1にまで激減。ほとんどの生産現場では後継者も育っていない。

こうした中、新しいモノづくりによる播州織産地の活性化をめざし、2015年、織布に携わる若手後継者たちがグループを立ち上げた。Banshu-ori Next Japan(播州織ネクストジャパン)だ。自分たちの工場で培ってきたノウハウと技術を結集。産地全体の生産量の減少、各生産工程における後継者不足、生産現場が工賃の決定権を持てない産業構造などが影を落とす播州織の未来を憂い、ブランド戦略によるPR活動、播州織を使った最終製品開発とその販路拡大による、可能性の模索が続いている。

播州織の製造

そんな播州織の課題を抱える多可町と、地域創生をビジネスとして支援している首都圏のクリエイターたちとのマッチングができないだろうか――
浮かび上がってきたのは、そんな提案だった。まずはお互いを知るために、ビジネスミーティングを開催しよう。播州織の魅力とポテンシャルを感じてもらうことで、ビジネスパートナーとして交流、連携につながるきっかけを見つけよう。播州織のブランディングを実現し、後継者の育成、製品の販路拡大、空き家や空き工場の活用をかなえよう。多可町への企業誘致にもつなげよう。

兵庫県からの提案を受けたのは、クリエイティブ思考での発想と着地こそが、根源的な社会の改善につながると考えるクリエイターたちが集うシェアード・コラボレーション・スタジオ「co-lab」。デザインや映像、建築など専門分野を持つクリエイター約500名が在籍。地域の活性化に貢献してきたクリエイターをはじめ、斜陽産業をITの力で新事業への転換に成功した開発者など、新たな取り組みに喜びとやりがいを見出す人たちだ。地域が抱える課題をパートナーとして積極的に共有し、コラボレーションによる解決を目指そうとする多可町の姿勢に共感。手を携えて地域課題に取り組む関係構築をめざし、プロジェクトがスタートした。

【Banshu-ori Next Japan】
● 川上大輔 川上織物株式会社
● 橋本裕司 橋本裕司織布
● 小林一光 小円織物有限会社
● 渡辺 毅 有限会社善徳織物

【自治体】
● 多可町役場 商工観光課 笹倉敏弘
● 兵庫県 産業労働部産業振興局新産業課 上平健太

【参加クリエイター】
● 高橋 靖典 アーキタイプ株式会社/プロデューサー・ワークショップデザイナー
● 佐藤 邦臣 富士フイルムソフトウエア株式会社/ソフトウエア開発本部メディカルネットワークグループ
● 山本良樹 スマイルフォース株式会社/コンシューマーサービス事業
● 寺島直樹・藤井邦憲 LOGGER/アートディレクター
● 緑川 正樹 株式会社 FARO・CK /WEB制作

【兵庫県IT企業誘致・ビジネス創出コーディネーター】
● 小田垣栄司 株式会社ノヴィータ/兵庫県ITカリスマ
● 福山 秀仁 合同会社TRYJINS
● 中西雅幸 NPO法人コミュニティリンク

【ファシリテーター】
● 佐藤千秋 春蒔プロジェクト株式会社/co-lab
● 渥美裕子 春蒔プロジェクト株式会社/co-lab

7日後に、産地の未来を変えてやる!

co-labイベント当日

「東京のITクリエイターたちと、ミーティングをしてみませんか?」
その提案が多可町商工観光課に持ち込まれたのは、1月も終わりに差しかかろうとする頃だった。商工観光課の担当者は、播州織の盛り上げに取り組む若手職人たちのグループBanshu-ori Next Japan (播州織ネクストジャパン)に声をかけた。

「東京へ行こう!」

何が起こるのかわからない。行ってどうなるのか、想像さえもできない。でも、行動しないと始まらない。

こうしてBanshu-ori Next Japanのメンバー2人と多可町の職員は、ミーティングに出席するため東京へ。さらに2人のメンバーと、多可町、多可町商工会のそれぞれの担当職員たちは、オンラインで多可町から参加。新たなチャレンジへの期待と不安が見え隠れする中、誰もがそれぞれの想いを抱きながら、その日を迎えることになった。

一方、東京のクリエイター拠点co-labでは、自治体や地方企業の課題解決に向き合うwebディレクター、海外に市場を持つライフスタイルショップの運営者など、多くのクリエイターたちが、それぞれの想いを温めながらコラボレーションへの期待を胸にスタンバイ。

そして2月6日15時。co-lab渋谷キャストでミーティングが始まった。兵庫県の発案から、わずか1週間後のことだった。

製織技術を、織物に使うな??

co-labクリエイター

ミーティングは「播州織」について、Banshu-ori Next Japanのメンバー2人による説明からスタート。質の良さと技術の高さに自信と誇りを持って製織や製品化に取り組んでいる職人たちの様子など、伝えたい想いがあふれて止まらない。

「製品が店頭に並ぶまでの製造工程の一部として、生地をつくって納品することが産業の中心でしたが、自分たちの手でも製品化を始め、ハンカチやストール、バッグといった自社製品が流通し始めたばかり。生地の段階で大量購入につながるアイデアや、最終製品の企画デザインに一緒に携わってもらえるようなアイデアがあると嬉しいです。」
兵庫県のITカリスマ・小田垣栄司さん(株式会社ノヴィータ)からの説明を受け、その後少しずつ、地場産業ならではの後継者不足についての悩みや、受注形態の見直しといった解決課題へ話は移っていった。

オンラインで繋いだ多可町から、渡辺毅さん(有限会社善徳織物)が「今、うちの織布工場は一日24時間360日、家族3人で織機を動かさなければ利益が出ない状況です。断れば仕事が回ってこなくなります」と、ハードな生産現場の現状を訴えた。

世界唯一の製織技術で、パリのトップメゾンに生地を採用された小林一光さん(小円織物有限会社)は「ずっと下請け仕事で成り立ってきた産地なので、製織技術を開発する必要がなかったんです。しかしこれからは、自社オリジナルの製品を開発し、自分たちの手で販路を開拓しなければ生き残っていけません」と危機感を口にする。

多可町からオンライン参加のみなさん

彼らの話に熱心に耳を傾けながら、初めて目にする播州織の生地や製品に手を伸ばすクリエイターたちから、様々なアイデアや提案が出始めた。

新規事業開発やソリューション提案を中心に、地域創生も手がける高橋靖典さん(アーキタイプ株式会社)。「レトロな織機なので、一度に大量の生地をつくることができない」と話す橋本裕司さん(橋本裕司織布)に対し、「大量生産ができないからこそ、小ロット生産に意味が生まれる」とアドバイスを返した。
「ファッションに関わるクリエイターは、大量に売れないことに意味があると言います。小ロットのデザインを売りたいんです。一店舗5着くらいで売り切れる数量で、購入した人はそれぞれバラバラのエリアに住んでいるというのが理想なんです。いきなりエンドユーザーに向かうより、小ロットで素材へのこだわりを求めている小規模ブランドとの接点をどう作るか。考えてみる価値はあると思います。」

弱点だと思っていたことが、どの側面を切り取ってアピールをするのか、誰に伝えていくのかなど、これまでの発想を逆転させることで、強みになることに気づかせてもらえたアドバイスだった。

播州織のストール

一方、技術の高さがあればこそ、織物に対する既成概念を覆せること、斬新な発想に出会える可能性を受け取ることができることを、教えてくれる人がいた。フィルムメーカーとしての技術を、全く異なる分野に活かし多角化を成功させた企業の社員、佐藤邦臣さん(富士フイルムソフトウエア株式会社)だ。

「弊社のフィルム製造は、全盛期の10分の1にまで減少しました。そんな衰退する産業の中で弊社が生き残ったのは、技術にこだわったからです。技術力をコアに、フィルム製造からメディカルや印刷などへ多角化を図ったことで今があります。生地のブランディングを図り、BtoBの分野を伸ばすのもいいですが、せっかくの技術を活かせる何かがないかを考えてみるのもいいと思います。例えば、富士フイルムは再生医療という全く新しい産業へ進出しました。さらに現在はITやAIの力で、各自治体とのコラボレーションによる産業に貢献したいと思っているんです。」
技術力を異分野の新規事業に活かすことで、新たな販路を見出せることを教えてもらった。

そんな中で、最も多くのクリエイターたちがアイデアを提案したのが、観光的要素の採り入れだった。

産地がテーマパークになる日

アーキタイプ式会社 高橋靖典さん

「町内にたくさん残る織布工場は、のこぎり型の屋根を持つノスタルジックな建物。リノベーションをして、観光資源として利活用ができたら」という構想を掲げるBanshu-ori Next Japanのメンバー川上大輔さん(川上織物株式会社)、さらに「オープンファクトリーとして、地域の中を巡れるような企画が欲しい」という橋本裕司さんに対し、様々な意見が提案された。

高橋靖典さんは、布文化の訴求という側面から、海外に新たな販路を見出す可能性を示唆した。
「ファッションデザイナーをはじめ外国人の中には、布に興味がある人は結構多いんです。各国には布を織る、布を作るという文化が残っています。播州織を認知されていない海外へ布文化の訴求をすることも、ビジネスツーリズムの可能性としては十分あります。自分のデザインした布を織ってもらえるとなれば、多少単価が高い布でも頻繁にやって来るはずです。」

「例えば、自分にぴったりの着丈のスカートがつくれるといったように、女性向け製品もつくれるようになりたい」という川上大輔さんの声を受け、佐藤邦臣さんからは「時間はかかるかもしれないけれど、多可町に一日いれば、女性でも男性でも自分の希望するデザインで、希望するものを作ってもらえるという企画はいいと思います。肌触りのよさという付加価値もありますから。6社によって織のスタイルが違うといった細かいことは、エンドユーザーには判別がつきにくいので、Banshu-ori Next Japanとしてのブランドをもう少し整理したうえで、観光も絡めたビジネスモデルを構築することはおもしろいんじゃないかと思います。」

富士フィルムソフトウェア株式会社 佐藤邦臣さん

話題がオリジナル製品の開発へと拡がる中で、女性目線からのアイデアも提示された。
佐藤千秋さん(co-lab)は「新婚旅行で訪れたインドで、生地屋に連れていかれて生地を選べと言われ、選んだらサリーができてきたんです。『花嫁さんなのね』っておばあちゃんに言われて、写真を撮ったのはいい思い出になりました。例えば、観光地としてバスが来て50人分のウエディングドレスをつくりますよって言われるより、一人の花嫁のためにしかつくれないけどドレスをつくってみませんかって言われるとグッときます。」

「マタニティウェアにも、もうちょっとかわいいデザインがあってもいいよね」と高橋靖典さん。「それこそ、ウエディングドレスからマタニティウェア、産後の洋服、子ども服……。結婚前から子どもが幼い時期までに絞ったターゲットの、ファッションブランドと提携するのもいいですね」と提案が出された。

新しいことに挑戦したいという共通の想いを持ち寄った結果、多可町関係者は、クリエイター側からの提案や発想に、技術・製品の良さに改めて気づくきっかけを受け取った一方、クリエイティブな課題にも直面した。これまでは、東京での展示会への出展が中心だった販路開拓が、コーディネーターによるマッチングという新しい手法の中で、職人として伝えることの難しさに直面。新たな挑戦への課題にぶつかりながら、今後の成長の伸びしろがまだまだあることも実感できた。
一方、クリエイター側は、初めて触れた地域産業から発想への意欲を引き出されたことで、役立てるきっかけが全国にはまだまだ眠っていることに、改めて気づけたに違いない。

「多可町へ足を運んでみよう」「IT技術をこんな風に活かしたい」
ミーティングの席を離れた後もディスカッションは続き、コラボレーションに向かうきっかけが、その日のうちに早くも生まれようとしていた。

小さな一歩を、大きく出そう

ネットワーキング

この日のことを、ミーティングに参加した多可町商工会の職員が、ブログに想いを残している。

「兵庫県から、わざわざ声をかけていただいたこと。そしてそれに多可町が乗っかったこと。それに播州織の職人さんたちが応えたこと。そして、それに興味を持っていただいた東京の方々。そんな人たちがつながったことが大きい。少しでも、小さくてもいい。前に、次に、一歩でも、半歩でも進んで、何か始めていきたい。(一部抜粋)」

はじまりの小さな一歩が、大きく踏み出された一日だった。

地域をおこすキーワード「どうしたらできるのか?」

「外部からの意見って突拍子もないものが多いけれど、それを『どうしたらできるか?』という視点から着目するのは、とても大切なこと。」
ディスカッションの中で、あるクリエイターから語られた言葉だ。

地方産業の活性化はもとより地域創生全般においても、新しいことに取り組むきっかけは、内からだけでなく、先入観を持たない外からもたらされることが必要だ。そんな外部からの目としての役割を、地方とのつながりを希望する首都圏のクリエイターたちに求めた。

このたびのミーティングを通して、お互いを知ることができたはずだ。ここからビジネスのマッチングが生まれ、コラボレーションを通して播州織の良さ、ひいては多可町の魅力にクリエイターたちが触れることで、地方での事業拠点開設へと発展することを願っている。

(文/内橋 麻衣子 写真/福山 秀仁 )